自立の為に

   専業主婦でのんきに過ごしていた事も子供を過干渉、過管理にした一つの原因だったかも知れない。暇な専業主婦だけが 「不登校、引きこもり」 にしてしまう訳では無いので、いちがいには言えない事だが、少なくとも私の場合子供に目が行きすぎていた。家族の為、子供の為と、甲斐甲斐しく世話をやくのが良い主婦で有り、良い母親だと思っていました。朝学校に行く時はハンカチ、ちり紙、名札を用意するとか、天気予報は必ずチェックして傘を準備するとか、「忘れ物は無い?」 と声を掛けたり・・・・そんな母親がいつも暇を持て余し家に居る状態が子供に良いはずは無く、恐ろしい程自分の身の回りの事が出来ず、言葉を変えると一人では生きて行けない子供、生きる知恵の無い子供にしてしまいました、そして最悪な結果 「不登校」 に突入です。可愛いからこそ、「ほっとく、見守る」 これに徹するべきでした。

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失敗は成功の元

    人間失敗はつきもので 「失敗は成功の元」 と言う言葉が有るように、失敗した時こそ次ぎに繋がるエネルギーになるのだと思います。子供を不登校にしてしまった私は、失敗させまいと手を出し、口を出し、挙げ句生きる知恵をうばっていました。退寮してからあれだけ同じ過ちは犯すまいと心に誓っておきながら、失敗に余計な口を挟んだばっかりにとんだ事に発展して行きました。こう言う些細な過ち、とんだ勘違いがボタンの掛け違いに発展して行くのだと、改めて心が凍り付く思いがしました。肩の力を抜きつつ腹に力を込め、気合いを入れて一日一日を大切に過ごさねばと改めておもいました。

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自己責任

   口を出し、手をかけて育てる事は子供の大事に思う親ならば当然で有り、何ら責められる事では無いと、長田先生にお会いするまで思っていました。子供を 「不登校」 にし人並みに学校に行けず潰れてしまった大きな原因、根本は、口、手を出し過ぎ、過管理、過干渉、過保護であった事を思い知らされました。親に過剰に管理され育った子供は何でも無い普通の事がとてつもなく 「苦しい事、辛い事」 になりいきづらくなる様です。外の社会は苦しい事の連続です、自分で考え、自分で納得し行動させる・・・自己責任の元で行動させる事が 「生きる力」 になるのです。

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最初の対応次第では・・・

   特別な理由も無く、不謹慎な理由で学校を休む・・・属に言う 「ずる休み」 です。このずる休みを、一回位、一日位と安易に許してしまったばかりに大変な事になってしまいました。 この最初の 「不登校」 をもっと深刻に受け止め死に物狂いになる程対処しておけば、長く苦しむ事はなかったのでは無いかと、今になってとても悔やんでいます。だからこれからのお母さん達に声を大にして言い続けたいと思うのです。熱も無いのに 「頭が痛い・・・」 食欲が有り、排便も正常なのに 「お腹が痛い・・・」 そしてもっとも曖昧な言い方、娘もこの言葉が始まりでした 「気持ちが悪い・・・」 どこがどう気持ち悪いのか、お腹なのか、胸なのか、吐き気が有るのか、聞いてもはっきり答えられない、あやふやな言い方、これは言い逃れの何ものでも有りません。こういった不謹慎な休み方を一度でも許したら、必ず、100%と言っても過言では有りません、絶対二度、三度とづるづる続きます、最悪そうならない様に最初を死にもの狂いで戦って下さい。お父さん、お母さん、仕事に行ってる場合では有りません、休んで戦うべきです。仕事に出掛け子供を好き勝手に過ごさせるなんてとんでも無い事で子供の思うツボです。そんな不謹慎なづる休みをしたら、どんな事になるか・・・・可哀想 ?? とんでも無い、長い苦しみが続く事の無い様に最初の対応はとても大事です。

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これをバネに・・・・

   管理、干渉され過ぎて、守り、保護され続けて育った子供は 「先が読めない・・・」 娘を見ていてつくづく感じている今日この頃です。刹那的に流され、今を逃げたい、今を楽したい・・・・そのつけがどの様に回ってくるのか、考えられず、その時の感情に走ってしまう。 そしてまた、口うるさく言ってしまい、それがまた過管理になってしまう・・・・悪循環を繰り返す事になる。しかし、決して譲る事の出来ない事は、たとえ管理する事になっても言い続ける必要が有る・・・・難しい事では有るが、子供の姿は私自身の恥ずかしい姿と、子供ばかりを責めず、まず自分自身を見つめ直し反省する事だと思っている。日々葛藤の中でこれをまたバネに更に成長出来ればと節に願う。

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これで良いのか日本の教育

 昨日、何気なく見ていたテレビで 「学校教育問題」 で議論していました。現役の教師とタレントが向き合って意見を出し合っての議論です。その中で小学校6年生の女の子ともなると、授業中に平気で化粧をしたり、マニキュアを塗ったりしている、との話に学校もここまで来たか・・・・と愕然としました。また、その事を父兄に報告すると 「皆んなやってる事じゃないですか・・・・」と全く悪ぶれた様子も無く、開き直るそうです。保護者が良ければ・・・・と学校側もそれ以上注意しないし出来ない、と言っていました、学校教育がこれで、これから先、日本の未来はどうなるんででしょう・・・・。子供達は、本当は心底叱り、正してくれる大人を待っている様な気がしてなりません。

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不治の病

  子供に好かれ様とする態度が、そもそも間違いでした。憎まれ様が嫌われ様が親として信念を曲げず貫き通す事・・・・ダメなものは絶対ダメ、許せない事は許せない、人として道理に反する事をした時は体を張ってでも解るまで論ずる・・・・最後まで戦おうとせず中途半端に事を流して来ました。そう、親自ら辛い事から逃げていたのです。長田寮でお世話になり、辛い事も苦しい事も歯を食いしばり頑張って来たはずです、しかし、私達の本質が以前と変わっていなければ、楽な道に引きずられる様に逃げる・・・・いとも簡単にリバウンドし元通り・・・・考えたくない事ですが可能性としては十分有るはずです。それほど 「不登校、引きこもり」 の根はやっかいで、一度経験したならば一生治る事の無い 「不治の病」 的な行為なので有る、と思っています。そんな子供にしてしまった親の責任・・・・相当のものだと思うし、相当の覚悟も必要です。

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ものごとに集中出来ない

   娘の落ち着きの無さ、集中力の無さは小さい時からとても気になっていました。学校では見せない姿で、我がままが通る親の前では特に顕著に見られました。有り余る程の元気さがそうさせるのだろうか・・・・と、楽天的、肯定的にとらえ自分自身を納得させていましたが 「不登校」 の問題行動が表れた、と言う事は、やはり元気なだけでは片づけられず、普通では無かったのだと思わざるえません。そうなった原因を突き詰めると、やはり、過保護、過干渉、過管理であっただろうと思うのです。子供が何かやろうと思い考え、行動しかけた時、また行動している最中に 「こうやったら上手くいくんじゃない・・・」 「こうしたら早く出来るよ・・・」 「こうしてごらん・・・・」 と言うような言葉を浴びせかけ、口出し手出しする事で、子供は落ち着いて集中出来なくなり 「もういいや・・・」 と投げやりになる。結果、思考力、集中力が無くなり、落ち着きの無い子供になる・・・・。多くの失敗や恥ずかしい事を経験させながら、自分で考え行動させるべきであったと深く反省しています。

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運動会

    今日は娘の 「運動会」 でした。中学校最後の運動会です、自分の時もそうだったように親なんかに来て欲しくないだろうと、行かないつもりでいましたが、意に反し 「見に来て欲しい・・・」 と言われました。しかし、本当に見るだけで、お弁当も食べるか食べないかでさっさとお友達のところに走って行きました。お友達の中で楽しそうな笑顔と元気な姿・・・こんな当たり前な幸せを再び味わう事が出来ました・・・諦めないで 「不登校」 に立ち向かって本当に良かった、お世話になった長田百合子先生始め、寮でお世話になった先生方、本当に有難うございました。 「甘い汁を吸わせたら再び悪い根が・・・・」 十分過ぎる程解っているつもりでも、長年の癖が出るのです・・・友達親子であったあの時の甘いゆるゆるな態度が・・・・「しまった !!」 後のまつりです。 腹に力を集中させ、常に問題意識を持ち続ける事、これは一生死ぬまで続けなければ・・・・「不登校、引きこもり」やらせてしまった親の責任・・・こう言う事なのだと思います。

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ネクステージツアー

   「長田塾」 では、二時間メンタルによって不登校から立ち直った子供や、また、娘のように寮生活によって立ち直った子供達の、安定した登校を継続する為に月に一度 「ネクステージツアー」 を実施しています。 色々な体験を通し強い精神力を養う事、また、不登校や引きこもりなど同じ経験者同士が集まり、お互いの頑張りを確かめ合う事で更なる効果を期待しての事です。我が家の場合遠方の為、飛行機での通いとなり、寮に二泊泊めて頂く事になります。親のもとに帰して頂いた訳ですが、張りつめた気持ちも、時には無意識に緩むもので 「しまった・・・」 と、後悔し反省する事も有ります。月に一度、また締めて頂く事で、継続して安定が保てて行く事と、この上無く有り難く、心強いく思います。子供にとって大変な事と思いますが、この経験は自立への大きな自信に繋がるはずです。全て本人のやる気と頑張りを信じ、大きな心で見守っていきたいと思います。

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訓練日誌

    「長田寮」 では月に一、二枚 「訓練日誌」 を発行しており、その月にあった主な出来事等を紹介している。子供からの手紙と共に月に一度送られて来る便りは、離れて暮らす親にとって一番心待ちにし、楽しみでも有る。先月退寮させて頂いたが、今日、8月の報告書と共に日誌も送られて来た、退寮者紹介の中で、寮生活の中で一番の思い出は・・・の質問に  「 一杯あるので決められません・・・」 と答えていました。そう言えば、毎月送られて来る日誌に載せられた娘の写真は、いつもいつも決まって笑顔でした。なるべく話は聞かない様に努めていますが、帰ってからの娘の表情や話から、楽しかった寮生活が伺えます。余りにも楽しい思い出ばかり話すので、真剣に訓練に取り組んだのか・・・と、いらぬ心配をしそうになりますが、入寮させた事を恨むどころが 「楽しかった・・・」 と感謝する様な言葉を聞くと、これ以上幸せな事は無いし、入寮させて頂き本当に良かった、正解だったと日々感じ、感謝せずにはいられません。

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うぬぼれ

   若い頃は、人より自分が強い、賢い、力がある、優れているといった事を何の根拠も無しに思ったり、ひけらかしたりするもので、余り良い意味では無いが、こう言う事を 「うぬぼれが強い」 と表現される。子供の頃は特にそういううぬぼれが目立つ、しかし、仲間とのかかわり、社会の中で冷静に自分を見た時に、現実を目の当たりにし、劣等感が意欲に繋がり 「よし、負けてたまるか・・・」 と成長に繋がっていくものなのではないだろうか・・・。本当に自分に自信が有る人は、人の前でわざと強がってみせたり、偉ぶって見せたりはしないし、そう言う謙虚さから人柄がにじみ出るものではないだろうが・・・。うぬぼれの強さは、長田先生が、いつもやってはいけない事の一つにあげる、褒めて育てた結果かも知れない。 「褒めて育てましょう・・・」 におどらされ、些細な事でも褒めちぎって育てて来た。その結果、劣等感を受け入れる強さが無いまま、社会の荒波に沈んでいったのだと思う。退寮させて頂き、訓練のお陰、皆様お陰で、思わず褒めて上げたい様な場面が多々有るが、これも当然の事と、見ざる、かかわらずを通している。

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見守る姿勢

      「長田寮」 を退寮させて頂き、久し振りに親子水入らず三人の生活が始まった訳だが、やはりとまどう事も多い、20人分の食事を準備し、洗濯掃除、本来親が手を出す身の回り全ての事を自分でこなして来た子供は、お腹が空くと 「お母さんご飯・・・」 と言ったりはせず、冷蔵庫を開けさっさと自分で準備をし食べる。お腹を満たすだけの簡単な物で栄養を考えて・・・とまではいかないが、しっかり一人で生きて行く為の知恵は身に付いてる様だ。部屋の掃除も以前は勝手に入り、勝手に掃除をし、自分の価値観を押しつけ、ブツブツ文句や嫌味を言ったりしてたが、今は部屋も覗く事も無く本人の事とほっとく・・・週末の休みにコソコソとまとめて片づけ、月曜日にはゴミ袋にゴミまで入れて出す、と言う徹底振りだ、今まで手出し口出しで、好転して行った事は殆ど無く、自己満足なだけで、むしろ知恵を付ける場を阻害していた様に思う。登校は当然の事としても、自己管理不足でくじけそうに弱音を吐く事もたまに有るが、ピシッと親らしく威厳を持ち正して行かなければと思っている。また、家での生活は 「長田寮」 での訓練を生かしつつ、全て本人の意思決定に任せ、見守る姿勢を貫いて行くつもりだ。

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ニート問題

    昨日何気なく見ていたテレビで 「格差社会」 について論争され、ニート問題にも触れていた。 その中でニートの青年が発言していた 「頑張る力が無い、頑張れない・・・・」 「まだ今は親が生きてるので・・・・もし死んで居なくなったらその時考えます・・・・」 自立させ様として入れて頂いてる 「寮」 の中での発言で有る。 子供からこんな言葉を言われても、誰を恨み様は無いはず、そんな子供にしてしまった自分自身を恨むしか無い訳で、こんな不幸な事は無いはずだ。子育てのゴールは 「精神的、肉体的、経済的自立」 で有る・・・・と常日頃思い、目標にしているが、昨日のテレビを観て更に強く思った。 自立した大人として社会に貢献出来る人間に育てる為には、いかに今を成すべきか、長田先生の教えを、今一度自分に問い、肝に命じて行かねばと強く思った。

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原点を忘れるな

    今日は、紀子さまの男子出産で世の中が喜びでざわめきたっている。子供を産んでもう15年も経ったと言うのに、出産した時の喜びや言いようの無い幸福感・・・・そして初めて我が子を胸に抱いた時の温もりや重みが昨日の事の様に鮮明に残っている。これは死ぬまで持ち続ける母親としての特権なのかも知れない。妊娠が解り出産を待つまでの間、賢い子になって・・・・とか、偉くなって・・・・とか貪欲な気持ちなど微塵も無く、ただひたすら生を受けた事に感謝をし、五体満足に健康で有れば・・・・と願ったはずだった。それが子供を抱き健康で有る事を確認すると、目がどうだ、鼻がどうだと次ぎの欲が頭をよぎり出し、成長と共に更なる欲が次々と・・・・その事が、子供にとって見えない重圧になっていたのは確かで有る。出産の時に思った 「健康であれば・・・」無欲な原点を忘れてはならないと思う。そして今・・・・「長田寮」 を退寮し地元の学校に毎日楽しく元気に登校する娘・・・・待ち望んでいた事で有り、これ以上の幸せは無い・・・・「元気に楽しく・・・」原点を忘れてはならない。

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退寮しました。

     多くの皆様のお力添いのおかげで、8月30日にめでたく長田寮を退寮する事が出来ました。めでたく、と言うのは不適切な表現かも知れません、やっと人並みな人間、スタートラインに立たせて頂いた、と言うべきかも知れません。甘い汁を吸わせたらいとも簡単にリバウンド・・・・それが一度問題を持ってしまった子供達の現実で有る事を常に肝に命じ、引き締めて行きます。しかし、今のところビックリする程元気で、活発に動き回っています。余計な口出し、手出しなど全く不要・・・・昨日は始業式で、一年七ヶ月振りの登校にもかかわらず、自分で朝食を準備し、何のためらいも躊躇も無く、あっけなく出て行きました。身体を鍛えて頂いたのは言うまでも無く、メンタルな部分も大きく成長している様に思います。これからは、私達親が鍛えて行く番です。教えを守り決して戻る事の無い様、更に成長して行ける様頑張ります。

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甘く優しいだけでは・・・・

     娘の問題行動、不登校がちらほら顔を覗かす様になってから、仕事が忙しく平日は殆ど午前様状態だった主人に対し、さも、父親不在が原因であったかの様に責任転換をしていました。とんでもない事でした、主人はただひたすら家族の幸せの為に身を粉にして働いていただけてあって、問題の発端はまぎれもなく母親の私自身だったのです。二人っきり、母子家庭状態の中で甘えさせる事ばかりで、厳しい躾を極力避けていたのですから、糸が切れたタコの様に、自分が行きたい様にやりたい様に好き勝手我がまま放題、けじめも何も無かったのです・・・・その上、娘とは友達親子などと平気で言ってのける様なバカな母の元、そりゃなるべきしてなった 「不登校」 だったのだと思います。子供の事を真剣に思うのなら、厳しく毅然とした親で有るべきでした、甘く優しいだけの親は子供を苦しめるだけです。

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自己中心的な思考

  子供を自己中心的な思考に走らせた要因・・・・様々な事が原因になっており、いちがいに特定は出来ないまでも、今までにも何度となく言って来た、子供中心の生活、父親よりまず子供ありきで来た事・・・・「お子様」 的子育てが大きな原因であったと思っています。また、少し掘り下げて考えてみると、核家族の中での子育てにおいて、日常の大半は、自分達の生活の事、子供の事、余暇の過ごし方、娯楽の事ばかりで、この幸せな生活を与え、支え、守ってくれている親や兄弟、親戚、友達、知人への感謝の話などは、極めて少なかった様な気がするし、意識して生活していませんでした。他人に感謝する姿勢を親自ら示す事が無く、いつも話の中心は子供、子供・・・・これでは 「お子様」 になるのも当然の事でした。人は皆、他の人々の助けや支えを受けて生きている・・・・支えられて嬉しかった事、感謝の気持ちを話、私自身が他の人を支えている姿勢を子供に見せる事が大事でした。他の人を助け、支える事に喜びを感じる子供は、決して自己中心的な思考にはならないはずです。

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尊敬

    「子供に嫌われても良い、尊敬される親であれ」 師で有る長田先生の教えです。耳の痛いお言葉と反省しきりです。 尊敬・・・・その内成長と共にしてくれるだろう、と甘く考え、極力嫌われない様に、友達親子を理想とし、子供に好かれ様としていました。子供に好かれ様とするあまり、ご機嫌を伺い気を遣う事も多々・・・・その内、子供はつけあがる様になり、我がままがエスカレート、我がままは当然自己中となり協調性が無くなっていく、結果は言わずと知れぬ 「不登校」 ・・・・ 子供が親を尊敬しない原因、理由を上げるとすれば、親自身に目標意識が乏しく、自分を磨く事を怠っていたからではないかと思っています。何となく過ぎていく日常に流され、成長する意欲に欠けていました。そんな親の姿は子供にとって尊敬の対象になるはずもなく、意欲や目標を見失っていったのかも知れません。親になったならば、子供を常に意識し自分を高める努力、自分磨きを続け、その姿を子供に見せていく事が大事なんだと思います、 「尊敬」 後から必ず付いてくるはずです、嫌われて結構、これからは尊敬される親で有り続けます。

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自己主張

     長田百合子先生の教えで強調され、常日頃言われている事に 「自分様より他人様」 と言う言葉が有ります。自分の事より、まず他人様の事を大事に思い一番に考える、他人を思いやる心を大切にしなさい、と仰います。 全くその通りだと、聞く度に自分を反省します。娘が 「不登校」 に至った原因の一つは、いつも指摘されている事ですが、自己中心的で我がままなゆえ、協調性に欠けていった事が大きいと思っています。他人様よりまず自分ありき、自己主張し過ぎるところが有りました、それは我がままが一番通る、家庭の中が特に目立っていた様に思います。自分の利益の為なら手段を選ばない状態で、屁理屈を並べごねていました。自己主張も時には大切な事ですんが、自分も認めて欲しいが、相手の事も認めてあげる姿勢でなければ、世の中では通用はしません。自己主張は人一倍するが、相手の言い分は認めない・・・・世の中そんな甘くは無いのです。自分が楽しく有りたい、けれど、相手だって同じ様に楽しく有りたいと思っているわけだから、相手の気持ちを察し、理解し、認めながら、その中で自分の意志を相手に伝え解ってもらう・・・・そういう形が大切だと思います。 「他人様の気持ちを一番に察し思いやる優しさ・・・・」 何より娘に求める事です。子供の姿は親、母親自身の姿として反省し、子供の手本となれる様、率先して示して行きたいと思います。

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本当の喜び

   子供に、自分で作り出す快楽、喜びの味を体験させて来なかった様に思う。努力や頑張る事を特にさせる事も無く、他の子も持っている、お友達も買って貰った・・・・と子供から聞かされると、特に抵抗もせず、何の疑問も感じず、ホイホイと買い与えていた様に思います。それはゲームだったり、洋服だったり・・・・一つ買い与えても終わりは無く、しばらく経つとまた欲しがり、欲張りで傲慢になって行く、その繰り返しで目先の快楽ばかりを追っていました。そんな甘い対応ばかりで育てられた子供は、いつしか、努力、苦労、頑張る・・・・「忍」 が出来ない、我慢出来ない子供になり、それは、怖い怖い 「不登校」 へと突き進んでいきました。努力をし、汗を流し、工夫をし、苦労をして頑張って何かを成し遂げた、そしてそれを回りの人達が認めてくれた時こそ、最高の快楽でしょう。親が体験させる事が出来なかった、そういった人間としての最高の喜び、本当の喜びを 「長田寮」 の活動を通し、先生方始め仲間の支えで、どれだけ体験させて頂いてる事か・・・・今日、明日は 「スポーツ大会」 に参加させて頂いています。また一つ、本当の喜びが増える事でしょう、有り難い事です。  

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達成感

     小さい時から、達成した喜び、達成感を味わった事が無かった様に思う・・・・それは、諦めない姿勢を、親自ら示して来なかったからに違い無い。どんな些細な事でも、自分の力で成し遂げた事は、何よりも自信とやる気に繋がる。手を出し、口を出す事でやる気は無くさせ、そのやる気の無い態度に更なる追い打ちをかける様に叱責する・・・・益々やる気を無くす・・・・その悪循環でした。達成感が無いから自信が無い、自信がないから消極的になり、学校への足も重くなる・・・・こういう図式になるのかもしれない。不登校や引きこもりの子供達は自信の無い子が一般的に多いのでは無いだろうか・・・・勉強に自信が無い、人間関係に自信が無い、集団生活に自信が無い・・・・それはやはり過ぎる管理のなれの果ての様な気がします。失敗を繰り返し、転んでも転んでも自力で立ち上がる、自分自身の力で 「成功」 する喜びが達成感に繋がる、自分で計画し、実行し、成し遂げる・・・・「人生で一番楽しい事、それは目標を作り、計画を立て、それの達成に努力する事だ・・・・」 ある哲学者の言葉です。喜びを伴う自信は、生きる勇気を与えてくれる・・・・とも言ってます、かなり説得力のある言葉です。今まさしく、長田寮の子供達は 「ライブ発表会」 を成し遂げた達成感で喜びを味わっていることでしょう・・・・大いなる自信に繋がったと思います。

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二度目の「バンド発表会」

    二度目の 「バンド発表会」 に行って来ました。進行も多少変更されており、また、たったの数日間で仕上げたという二曲が新に追加され、娘は最後にボーカルまでこなしていました。気は強いが消極的・・・そんな子供でした、当然人前で歌う様な勇気も根性も無かった娘は、すっかり変わっていました、そう 「闘争心」 が備わって来たのだと思います。気まぐれな登校を許し、我がままがまかり通る家庭の中で、ぬくぬくと好き勝手に過ごしていました。そんな子供を、どうする事も出来ず、限界を感じ途方に暮れていた時、長田先生が手を差し伸べて下さいました。簡単な道のりでは無かったけれど、長田先生を信じ、長田寮の確かな指導を信じ、がむしゃらに付いて来て良かった・・・・心から喜びをかみしめています。まだまだ道のりは長く、問題も有ります、やっとここまでして頂いた・・・・率直な気持ちです。

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「恨まれるだろう」の言葉に・・・・

     「恨まれるだろう・・・・」 入寮待ち状態で、長田先生とのファックス交信中に何気なく書いた言葉に先生は即座に反応し、的確に指摘して下さいました。 「憎まれ様が墓石を蹴られ様が強い信念で貫き通す事・・・・」 先生の言葉が胸に染み、まだまだ甘い自分に腹が立ちました。子育てに対してすっかり自信を無くしていた私は、子供に対し何か腫れ物に触る様な対応、上になりきれない対応から抜けきれず、ついつい文章の中に本音が出たのだと思います。 「行き渋り」 の症状が出だした五年生の頃からは、特にお粗末な有り様だったと思います。何か言えばふてくされ、学校を休みたがる娘に、ダメな事はダメと強い態度に徹する事も出来ず、子供の機嫌や様子を伺い、学校が辛いのなら、せめて家に居る時くらいは楽しく、居心地の良い環境を、と気を遣い、ついつい腫れ物に触る様な、間反対の対応をしていました。その結果、子供は益々弱く、楽な家庭に逃げる様になっていったのです。絶対、二度と、同じ過ちは繰り返さない、信念・・・・揺れる事は絶対有りません。

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花火大会

     夏本番 !! ブログも夏に衣替えです。 昨日は、港祭りで 「花火大会」 が行われ、 色とりどり浴衣の女の子が一杯いました。娘が居た時は、家族三人で毎年見物に行ってました。遠くから望む花火もいいものですが、間近で見上げる花火は迫力満点で最高です。海岸近くの芝生の上に寝ころんで真下で見ると、目の前に巨大な花火が広がり、また、その音はお腹まで響く程の迫力です。そんな花火大会も娘が居ない今、主人と二人行きたいか ??  と言えば、全く行きたいとも、見たいとも思わないのです。そう、全ては娘の為に行っていただけ・・・・子供の喜びは自分の喜び、子供が満足すれば自分も満足、自分の意志など殆ど無かったし、一番大事にしなければいけない夫の意志までも無視・・・・いつもいつも、子供子供・・・・子供第一主義の考えは、何ともお粗末で生意気な子供様、お姫様を作り上げる結果となり、我がままで自己中にした、大きな原因の一つだと思います。これから先、娘から誘われない限り家族三人寝ころんで見る 「花火大会」 は無いでしょう、お友達同士、年頃になれば恋人同士・・・・自立のステップを確実に歩いて欲しいと願います。来年こそは主人と二人で花火デート・・・・します。

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夏休みは・・・・

     一学期・・・五月雨登校、気まぐれ登校そんな普通の子供は決してやる事の無い、我がままな行為をさせておきながら、普通の子と同じに、いやそれ以上に、楽しく快適な 「夏休み」 を過ごさせていました。 その一つが毎年恒例の友達家族とのキャンプ、そしてデイズニーランドなど子供尊重の豪華な旅行・・・・・学校からのしがらみやストレスが無くなり、一番リラックスし、休みを心待ちにし楽しんでいたのは、他でも無い、母親の私だったかもしれません。特に夏休み前半は心身共に、何とも言えない開放感に包まれたものです。宿題と少しばかりの手伝い、それさえやれば後は楽しく過ごす・・・・不登校の 「ふ」 字も無い、当然反省も無ければ、心身鍛練する訳無い・・・・そんな夏休み、楽しいばかりの夏休みを40日近くも過ごし、怠け腐った身体に学校は益々遠のくばかり・・・・二学期は当然の結果が待ち受けていました。今、名古屋では、長田寮生、春日井生、外部生など総勢50人程で、毎年恒例の 「夏合宿」 です。班ごとに別れ様々な活動をさせて頂いている様ですが、昨年に続き今年で二度目の参加になる娘は、今年、サブリーダーをやらせて頂いてる様です。リーダーを助け先を先を・・・・機転の効いた行動、積極性が試される時だと思います、充実した3日間を願っています。

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最初で最後の事

    娘が 「不登校」 になり、色々な方に相談し、聞いてはもらっていましたが、一番の心の支えで有り、より所はやはり学校の先生、担任の先生でした。2日と連続して休めば、募る不安を先生にぶつけ 「明日は絶対ですよ、3日と休ませたらズルズル続きます」 の言葉に奮起したものです。そんなより所にしていた先生に、最初で最後、一度だけ怒りをぶつけた事が有ります。それは娘を入寮させしばらくたった時の事です、定期テストで送られて来た国語の問題に 「最近家庭であった楽しかった事、心に残った事を○字以内にまとめましょう」 という問題が出されていました。家に居ない娘は当然記入する事が出来ず、その部分を白紙で出していました。そしたら返って来た答案用紙その部分に赤マジックで大きくバツが付き 「しっかり埋めましょう」 と書かれていたのです。名古屋に送る際、目にした私は、冷たい対応だな、と思っていましたが、それを受け取った寮の先生方が黙っていませんでした。愛子先生と平尾先生からこの件に関して苦情が出たのです、先生方は 「家庭を離れて暮らす子供の気持ちを全く理解してくれて無い、この答案を子供が見た時どんな思いをするか、気持ちを思うと渡せないでいる、先生と直接話してもいいでしょうか・・・・」 と言って下さいました。その旨を学校側に伝え電話での話し合う事になったのですが、かけると言った約束の時間を破ったり、全く誠意が伝わらない言動や、つっけんどんの対応に愛子先生は怒っておられました。 それを聞いた私は、その国語の先生に対し怒りが頂点に達しました。担任では無く、学年主任で女の先生の噂は他のお母さん達から聞かされていたので、やっぱり、との思いも有りました。その先生いわく 「今現在、娘の家庭は寮なわけだから、寮での事を書いて欲しかった・・・・」とのこと、それならばなぜ説明書きが無いのか・・・・私としては、答案ウンヌンより、愛子先生に対する失礼な態度に腹が立ちました。そしてその先生に思いの手紙を渡し、怒りをぶつける事にしたのです。その後配慮に欠けた、と謝罪して下さいました。それ以降会う度ににこやかに対応して下さり、娘の事も気にかけて下さっていますが真意の程は定かでは有りません。学校に先生に怒りをぶつけたのは、この事が最初で最後の事でした。些細の小さな問題も見過ごさず、温かい気持ちで対応して下さる愛子先生や皆様、感謝の言葉では足らない事だと思っています、いつも有難うございます。

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バンド発表会を見て・・・・

   今回は、先日16日に開催された、長田寮の 「バンド発表会」 の様子をお伝えしようと思います。寮では日々厳しい訓練の中、レクレーションもさせて頂いています、それはプラモデル作りだったり、カラオケだったりいつも思考を懲らしたものです。そのレクレーションのいっかんとして約4ヶ月位前から、バンド練習が始まったようです。殆どの子供達が楽器を触るのは初めて、まして人前で歌う事など有るはずも無く・・・・・不登校や引きこもりだったわけですから、そんな自分表現を当然やるはずも無く・・・・そんな子供達で結成されたバンドでしたが、一瞬目を疑ってしまう程、想像以上の仕上がりに驚いた、と言うのが正直な気持ちです。娘は、と言うと、これまたギターにドラムにキーボード・・・・休む暇が無い程活躍していました。何事にも無気力で消極的な子供でした、人前に出て、まして目立つ事など極力控えるような、そんな子供が、腰をフリフリ、ノリノリでギターを弾き、拳を上げ、皆んなの演奏を盛り上げていました。この場を目の当たりにし、これまでの確かな訓練の様子が表れている・・・・ただただ有り難い気持ちで一杯でした。ウカウカしてたら子供に置いていかれます。益々精進し頑張らねば・・・・決意を新にした、そんな一日でした。

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時間の管理

     過管理・・・悪い行為として改めなければいけない事の一つですが 「不登校」 にしてしまった私の子育ても当然、過ぎる管理をしていました。一つ例を挙げると、時間の管理です。朝は何時までには起きるもの・・・・から始まり、登校の時間、食事の時間、お風呂の時間、宿題の時間、最後の締めは寝る時間等々・・・・自分の思う通りに動かしたいとの思いが、管理に走った原因だったと思います。子供の自発性、自主性にまかせる事が出来ず、子供が動き出す前に言葉をかけ、決められた時間を守らない事に、時にはネチネチ嫌味な言葉を浴びせるような事も有りました。そんな親から管理された子供の心理としたら 「親の言うなりにはなりたくない、動きたくない・・・・」 と最悪なっていくのだと思います。手をかけ、子供を管理して満足しているのは、我がままで自己中な母親だけだったのです。長田先生が常日頃仰っている 「爽やかさ」 私に欠けてた部分です。ベタベタ、グチグチ、ネチネチ・・・・こんな不愉快な子育ては慎みます、サラッと、サラッと、爽やかな母親になります。

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不安と焦りがいつしか・・・・

待ちこがれた赤ちゃんとの対面、真っ赤でクシャクシャの顔、あの時の子供のぬくもりは、今でもはっきり覚えています。また、さまざまな思いと感激が、胸に一度に押し寄せ、ただただ無事に生まれてくれた事への、深い深い感謝と、何があっても全力で守り抜こう、と強い決意をいだいたものです。この思いは、私の中の 「母性の芽生え」 であったのだと思います。そんな純粋に健康で元気に・・・・・の思いは、誰よりも元気に大きく、と一ヶ月検診で、他の赤ちゃんが気になりだし、誰よりも早く、と三ヶ月、六ヶ月検診で気になり、今度は誰よりも賢く、と三歳検診で他の子供が気になりました。そんな調子で、常にまわりが気になり表だって比べる事は無かったものの、自分の中では無意識に比べていたような気がします。そんな思いが、不安や焦りとなり、子供への管理、干渉へ走った原因の一つだったと思います。自分は自分、他人は他人、これからはやりたい事、進みたい方向へ自分の足でしっかり歩き、夢を掴んで欲しい、ただそれだけです。

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その時さえ楽しければ

    先を読めない、今さえ、その時さえ楽しければそれで良い、その幼稚な考えが 「不登校」 に走らせてしまったと思うのですが 「明日は明日の風邪が吹く・・・・」 天気や 風まかせで過ごすのんきな人の例えで使われる言葉ですが、悪い意味で、不登校の子供達はこんな 「将来なんか、くそ食らえ、今が楽しければそれで良い・・・・」そんなたんらく的な考えがおうおうにして有るように思う。 当然娘もそんなタイプ、親の苛立ちや焦りなど、我が感せず、今が楽しければ・・・・ そんな感じだった。そんななまくら人間にしたのは、他でも無い母親、私の育て方に原因があった訳で、子供の欲しがる物、求める物をホイホイと買い与え、子供は特別な努力も苦労もする事なく欲求が満たされる。こんな親の下で育てられた子供は、普通の子供が当たり前と思う環境や境遇でも、耐えられず逃げ帰る、だって苦しいんだもん、嫌なんだもん、明日は明日の風が吹くじゃん・・・・・ となる。 努力をし、汗を流し、工夫をし、苦労をして何かを成し遂げた、そしてそれをまわりの人達が喜び、認めてくれる、これこそ人間が求める最高の快楽なのではないか、やるべき当たり前な事もしない子供に、与え続けた結果、先が読めない、その時だけ良ければの子供にしてしまいました。今は 「長田寮」 で努力と苦労の中、日々工夫し、汗を流す生活を送らせて頂いてます。将来の夢も膨らんで来ているようで、有り難い事です。

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反省しない

   子供が間違った事をしたり、決まりを守らなかったり社会のルールに反する事をしたら、当然親として叱り、正そうとするわけで、友達との問題等、事が発生した時はそれなりに叱っては来た。しかし、素直に聞き入れ様としない娘にとって、私達の言葉は 「砂漠に水」 状態・・・・ 全く心に染みいるものでは無く、無理矢理言わせた 「ゴメンナサイ」 には全く心は無く、当然反省するまでには至らない。だからと言って、とことん最後までもせず、中途半端で終わらせる、その繰り返しだった様に思う。やはり、こうなったのには育てた私自身がそうで有ったのだと己を反省しなくではいけない。傲慢な生意気な態度で夫に接しては来なかったか・・・ やるべき事、守るべき事を怠り、外ばかり、他人ばかりを非難していなかったか・・・ 子供の前にまず自分自身。 この世には誰一人、完全な人間はいないはずです、無意識に人を傷つけたりするものです、たえず自分の行為を反省し、いたらないところを直し、変える努力をする・・・・ それこそが、心を大きく成長させる事につながるものだと思います。まだまだ親も子も途上です。

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出しゃばり

    子供同士の喧嘩にすぐしゃしゃり出し、口を挟み、子供自ら考え、対処する事をさせて来ませんでした。大人しいタイプ子を好む傾向が有り、自然と娘の回りは素直なお嬢様タイプの友達ばかり、一番活発でリーダー的存在だった娘でしたから、その中で喧嘩やもめ事が有ると、経緯や原因を確かめる前から 「あなたが悪い」 と決め付け、娘の話を半分も聞こうとせず 「○○ちゃんに謝りなさい」 と一方的に叱る事が多々有りました。納得いかない娘は当然素直に謝ろうとしない、その態度が生意気だとまた叱る・・・・ こんな事も有りました、小学校4年生の頃だっと思います。娘がまだ学校から帰宅してないというのに、お友達のお母さんから電話が有りました、そのお母さんが言うには、嫌がるお友達に反対方向の家まで付いてこらせたうえ、ランドセルも持たせた、と言うのです。家は全く逆方向だし、そんな事今まで一度もした事がなかったのでおかしいな、とは一瞬思いましたが、ヤンチャな娘の事、有りえる話だと勝手にまた思い込み、玄関に仁王立ちになり帰宅した娘を待ちかまえ、またいつもの様に話も聞かず一方的に叱ってしまいました。叱ってる最中に、娘と同じ名前の別の子だったと、お友達のお母さんから謝りの電話・・・・時すでに遅し、身に覚えのない事で散々叱られた上、信じてくれない母親・・・・ 小さい心を痛め、私に対する不信感も募ったと思います。娘の躾ウンヌンと言うより 私の 「八方美人」 的性格と世間体を気にしての事だったと思います。まずは自分が謝り、事を丸く収めよう、他のお母さんと争うよりは・・・・ いつもこの事で一杯だった様に思います。昔を振り返ると自分の嫌な所ばかり思い出されます。

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悲しい子育て

   今まで、再三紹介し、白状して来た事ですが、子供を上手くコントロールする手段として、度々 「物でつる」 事をしてきました。 私達の小さい頃 「お使いチン」 と言い、お婆ちゃん家に頼まれた物を届けたり、お婆ちゃんの手伝いをしたら 「ハイ !! おつかいチン」 と言ってお婆ちゃんが私の小さな手の中に少しばかりのお金を入れてくれました。母親からは、いくら頑張っても当たり前の事と何の報償も無く、この、たまのご褒美がとても嬉しく、心待ちにしていた事を今でもハッキリ覚えています。 子供が勉強好きであって欲しい、何事にもキビキビ積極的に取り組む子供であって欲しい・・・・と欲が欲を呼び、その思いがつい、褒美でつってでも・・・・・という形で表れていったように思います。 自分の都合でなかなか動こうとしない子供に向かって  「 やってくれたら、いくら上げるよ、これをしたら、あれを買って上げるよ 」 そういう事を度々重ねるうちに、やる前から物を要求する事も有り、やる気に繋がったのは最初だけで、悪循環の繰り返しになっていきました。言葉の管理で飽きたらず、目の前に人参ぶら下げ、動物的管理に走っていました。長田先生がたまに仰います 「悲しすぎる子育て・・・・」 そう、以前の私はそんな悲しい子育てをしていました。 「物でつる」 そんな悲しい事はもう二度としません。

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感謝の心

  「近頃の子供は感謝の心が無い、感謝の言葉も知らない」 と言った言葉を良く耳にしますが、娘も、心からの 「ありがとう」 感謝の言葉が足りない子供でした。 物に溢れ、愛情に溢れ、感謝なんかしなくっても、次々に与えられる物、物、物・・・・・ たいして努力もせずに、何でも欲しい物が手に入る環境で育てられてしまった子供には 「ありがとう」 の言葉は必要ではなかったのだと思います。 しかし、そんな事に気づきもせず、買い与えては感謝の言葉を強要していました。 やってあげたり、物を買って上げた時 、感謝の言葉がないと、怒ったような口調で 「ありがとうは !! 」 と言うのが癖でした。 しぶしぶ強制的に言わせた 「ありがとう」 でも、言われないよりましでした。自分は回りの人に支えられ生かされている・・・・・ そう言う感謝の気持ちがあったならば、心から沸き立つ感謝の言葉、本当の 「ありがとう」 が言えるのではないだろうか・・・・ 常日頃、長田先生に教えられている 「感謝の心」 まずは親が手本となろう・・・・ 親も子も育てて頂いてます。

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粘り強さが無い

     これまでの成長を振り返ってみると、色々な場面で 「粘り強さが無い」 子供でした。 友達からは 「家の子だって同じよ、子供って本来飽きっぽいのが普通よ・・・・」 と慰められ、親の欲目で考え過ぎかなっと思った事が有りましたが、現実 「不登校」 になったわけですから、それは、やはり普通では無かったのです。 それに至った原因は、過干渉、過管理、手出し、口出しが過ぎた事にあったのはまぎれもない事実です。子供が 「どうしたらいいのか、どういうふうにしようか」 真剣に考えてる側から 「それはこうしたら、こういうふうにしたら上手くいくんじゃない」 自分の考えを勝手に押し通そうとして、子供に考える余地を与えない・・・・・そういう事を再三受けていくうち、物事をじっくり考え無くなり、一つの事に粘り強く取り組む姿勢が薄れていったのだろうと思います。こういう事を心から反省し、改め様と思うのも、長田百合子先生の教えがあっての事です。先生に巡り合う事がなかったら、変わらぬ管理が続きさらに事態は悪化していただろうと、恐ろしくなります。子供の考えや、行動を大事に黙って見守る・・・・・ そうする事でねやる気も起こり、物事に粘り強く取り組む姿勢が育っていくのだと思います。 二度と同じ過ちを繰り返す事は出来ません。

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手伝い

  専業主婦で時間を持て余していたうえ、せっかちなで自分の思う様に事がはかどらないと納得のいかない性格の私・・・・ 家事は自分のペースでやりたい、ただそれだけの理由で、子供に手伝いをさせていませんでした、いや、それどころか当然子供自身でやるべき身の回りの事ですら、待ちきれず手を出すダメ母でした。 そんな私でしたが、ある日を界に子供に手伝いを強制する様になったのです、そう 「不登校」 をしだした小学5年生の時です。 恥ずかしい話、それにはある理由があっての事でした。子供の事で悩んでいた私は、「姓名判断」 のとても良く当たる占いの人を紹介され、藁も掴む思いで占ってもらいました。 その方はこう言ったのです 「このままでは、完全に引きこもるのも時間の問題です、とにかく家の手伝いをさせなさい、そうしたら大丈夫、絶対引きこもりにはなりませんよ・・・・・」 それを聞いた私は、その日から目の色を変え 「手伝い、手伝い・・・・」毎日必ず義務づけました。しかし、手伝いと言っても全然たいした事では無く、洗濯物たたみとお風呂洗いだけ、それまで何もやらせて来なかったので最初は手とり足とり教え込みました。こんな親として当たり前な事も他人に、それも馬鹿げた占いを信じる、どうし様も無いバカな母親でした。 今は 「長田寮」 でしっかり訓練して頂き、炊事、洗濯、掃除、母親もかなわない位頑張っている様で、親としてこんなに嬉しく有り難い事は有りません。

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始まりはすでに出産の時から

   長く辛い不妊治療の末、やっと授かった子供でしたが、出産予定日を9日も遅れて生まれて来ました。最後の最後まで気を持たせ、もったいぶって生まれて来ました。それも、予定日から当直の勤務を控え、いつでも駆けつけられる様な体制をとっていた夫でしたが、9日の遅れは予想外で、もうどうしても変わって頂ける方が見つからず当直をしたその日に産気づき生まれて来ました。なんとまあ間の悪いタイミングの悪い子供だろう・・・・ 絶対、夫に痛みを分かち合って欲しいと願っていた私は、痛みが和らぐと公衆電話に走り 「痛い、辛い・・・」 とどうし様も無い夫に訴えていました。さあいよいよ出産という時にまで自分の事しか考えない我がままさでした。遊んで来られないならともかく、代わりのきかない仕事で来れない夫に対し、言いたい放題愚痴を言った様な記憶が有ります。一番辛かったのはどうする事も出来ない主人だったはずです。さも 「あんたの子供を産んでやってるのよ」 と言わんばかりの傲慢さでした。夫に知られない様に痛みに耐え忍び、人知れず我が子を産み落とす・・・・ そんな昔の女の強さや、控えめな優しさが全く有りませんでした。こんな、我がままな母親に育てられた娘が、我がままな性格になるのは当然の事でした。娘の姿は母親、自分そのものだったのです。

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怖い存在

    親の目が行き届き、手の届く範囲で私達、親を試すかの様に色々悪さをしていました。冗談の様でツボを押さえた事が小さい時からの私の口癖でした 「この子は親の居る所で悪さをするのよ・・・・」 自分の経験からも、子供も大きくなると、親が怖くなり、親に隠れて色々悪さをはたらくものですが、娘は親が居ようが居まいがお構い無し、良く言うと、親に全く遠慮が無い・・・・ 言い換えれば、親が全く怖い存在では無く、ブレーキになれない存在であったのだと思います。小さい時は少しばかりヤンチャな子、のびのび活発な子と言われ、おおめに見れた事も、いつまでも通用しない・・・・ それが、のちに 「不登校」 にまで及んで行ったのだと思います。家庭で縦社会を叩き込む事、親を怖い存在、従うべき存在と教え込む事がいかに大事であったか、娘の問題に直面し長田先生に教えられ、痛い程思い知らされています。

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自己中

    「ジコチュー、ジコチュー」 我がままの代名詞の様に子供の中でも良く使われる言葉です。当然娘も典型的な 「自己中」 であったわけですが、ちょっと辞書でこの意味を調べてみました 『1,子供の自分と自分以外とが区別出来ない性質。 2,自己主義である事 』 と有る。ちょっとビックリです、自己中とは子供に限定されて使われる言葉だった様です。自己中心的な考えが強かった娘ですが、自分の利益が優先され、自分の欲望を先に満足させる傾向が強かった様に感じます。 「お先にどうぞ」 と、他人を優先させ、思いやる心がけが無い・・・・・そんな振る舞い、親は許せても、他人には受け入れられないのは、社会の常識です。そう言えば、小さい時からそんな場面は有り、しっかり教え込んで来ませんでした。 たとえば、公園のブランコ 「次ぎ変わってーー」 お友達が後ろで待っていても 「ゴメンネ、今乗ったばかりだからもうちょっと待ってあげて」 子供に考える空きを与えず、親の私が入り込んでいました。これはほんの少しのたとえで、こんな調子で全てに、口出し、手出しをしていった挙げ句の 「自己中」 ではなかったか・・・・ 「自分様より他人様」 長田先生に叩き込まれる今、親も子も他人様に可愛がられる人間になる為、修行の日々を送っています。

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頑張る芽

     私は、子供の 「頑張る芽」 を摘み取っていた様に思います。子供が動く前に口を出し、その口は、時には命令的で支配的、そして禁止強制という形になっていました。当然親からそういう言葉を浴びせられた子供の心は不快で憂鬱になり、結果的に動きたくない、頑張りたくないとなる・・・・・人は誰でも、自分の思い通りにしいたとという気持ちを持っており、いくら親とは言え無理矢理押しつけられると、反発し反抗したくなるものです。自分自身に置き換えると当たり前な感覚が、いざ子供となると、支配し管理に走ってしまい悪循環を繰り返していました。子供とのやり取りでこんな事が有りました、家庭教師の宿題をなかなかやろうとしない時です 「宿題やってないと、勉強先進めないんじゃない、先生困るし悪いよ、早くやりなさい、さっさとやりなさい・・・・」イライラし私の声は段々荒だって来ます。すると娘 「何も言わなければ、やろうと思ってたけど、もうやりたくなくなった・・・先生に叱られたらお母さんのせいだからね」 言い訳だったのかもしれませんが、言い過ぎる事、管理し過ぎる事で、子供のやる気、頑張りの芽を一杯摘んでいました。そんな娘は、子供として当たり前の 「登校」 さえ渋る様になっていったのです。

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迎えに行っても・・・・

     前回の書き込み 「時間にルーズ」 に関連し続きにもなるのですが、全てにおいて時間を守れない娘で有りましたが、特に自分の好きな事、楽しい事をやっている時は決めた時間を必ずと言っていい程守れませんでした。別のお友達とはそうでもない事が、一番の仲良しで大好きなお友達の家に遊びに行った時が一番大変で悩みでも有りました。同じ住宅街と言っても端と端で子供の足ではかなりの距離だったので車での送り迎えが必要で、学校が終わりまっすぐ送り、夕方5時半になったら必ず迎えに行くからね、と何度もしつこく約束させ、その時間に迎えに行っても、後少し、もう少しとダラダラ遊び続け、スパッと帰らない、夕飯の支度で忙しいお友達のお母さんもそんな娘に付き合わされちょっとイライラ、それを見て私は更にイライラ・・・・・いつもその調子でよその家でも我がまま言い放題、ダメな事はダメ !!  決めた事は決めた事 !! 相手側を気にするあまり、ひっぱたいてでも、引きずってでも連れ帰る強さが有りませんでした。そんな世間体を、他人の目を気にする母親の足元をすっかり見抜いた子供は、益々親の言う事などには耳を貸さないブレーキの効かない子供になっていきました。

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時間にルーズ

     時間を守る、計画的に物事を進めて行く、自分をコントロール出来ない弱さなのでしょう、とにかく時間にルーズでイライラする事が多く、その為小言ばかりでした。これも、小さい時からの、管理、干渉、保護し過ぎた結果だと思います。朝、お友達が迎えに来る時間は決まっているのに、準備を急ぐわけでも無く、ノロノロ・・・・酷い時は二人の友達が待ってる時間にゆっくり歯磨きをしたり・・・・「急ぎなさい、早くしなさい」ついつい声を荒げる事もしばしばで、朝ぐらい笑顔で送り出したい、と思っても毎日こんな調子で、娘が登校した後もなぜかスッキリ感が無く 「言い過ぎたかな、明日こそ優しく声を掛け様・・・・」そう思っても、また同じ事の繰り返しでした。登校に対する消極さが、朝のノロノロに拍車がかかっていたのだと思います。私はと言えば 「不登校」 に対する不安からだったのでしょう。娘のユックリズムに根気強く付き合ってくれていた二人のお友達も、中学生になり、部活の朝連が始まってから先に行く様になり、娘は車で送る様になっていきました。この頃から学校を休む日が急速に増えていった様に思います。今は 「長田寮」 決められた時間の中で、規則的な生活を送っています。決められた時間に決められた事を、自ら先を読み行動する・・・・基本的な社会のルールを教え込まれています。親が成し遂げる事が出来ず、社会からはじき飛ばされた子供を、親になり変わり軌道修正して下さっています。また同じ過ちを二度と繰り返す事の無い様、今度こそ親の努めを成し遂げます。

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経験談

     「不登校」 の前触れ、兆候は、後になり 「あっ、あんな事もあった、こんな事もあった」 と気づくもので、実際その時は、ただやる気のなさや、無気力感にとまどい、おだてたり、物でつってみたり、悪い対応が益々子供の思うつぼ状態で、全てが思いと反対で空回り、悪循環が更に焦る気持ちをあおっていた様に思います。前兆を事前に認識し 「不登校」 に対する知識が有るのと、無いのとでは、のちのち違って来る様に思います。個人差は有るにせよ、情報を集めておく事はとても大事な事です。と、言うのも、初期の対応で 「不登校」 を回避できる可能性がゼロではないからです。その為にも、私達の経験談、失敗談を紹介する事は、多いに意味が意義が有る事だと思っています。大切なポイント部分は、同じ事を何回も紹介する事になり、少々しつこくなりますが、大事な事なんだと、理解して頂きたいと思います。また、すでにご覧になって下さってると思いますが 「長田百合子ホームページ」 には 「不登校」 「引きこもり」 「非行」 に真っ向から向き合い戦う、保護者の投稿が毎日沢山書き込まれます。参考になる貴重な体験をつつみ隠さず、さらけ出しています。是非、子供の為に真剣に戦う 「真の親の姿」 を見て下さい。長田百合子先生の勉強になるお話で子育て論は勿論、人生論も多いに学ぶ事が出来ます。

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長田寮

    今、娘は 「長田寮」 で運動に勉強、そして母親が全てやってあげていた日常の家事雑事を寮の仲間と切磋琢磨して頑張っています。その確かな訓練は 「長田寮」 を見ると一目瞭然です。チリ一つ無く隅々まで掃除が行き届いた寮内、そんなに広く無い台所の流しでしたが、負けそうなぐらいピカピカに磨き上げられており、その徹底振りは見習いたいと思ったぐらいです。また環境問題も教え込まれているのか、ゴミの分別も完璧になされていました。ここがかつて、引きこもりや不登校で全てにやる気を無くし、親を困らせていた子供達が集う寮なのだろうか、不思議に思うと共に 「娘もここの仲間になれる」そして 「是非ここに入れて欲しい」 決心は益々揺るぎの無い確かなものになっていきました。あれから早いもので1年4ヶ月、こうして安心し、幸せに時を過ごす事が出来るのも、信頼できる先生方と、管理の行き届いた寮のお陰てす。

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確かな成長

      私ども娘を 「長田寮」 に入寮させて頂き、まもなく1年4ヶ月になろうとしています。長く長く感じたこの月日も、過ぎてしまうと、あっという間でした。時には落ち込み、自分を責め、嘆き悲しんだ時も正直有りました。しかし、先日のソフトバレー大会で、確かな娘の成長をこの目でしっかり確認する事ができ、改めて長田百合子先生に子供を託した私達の判断は、間違いでは無かったと、強く強く思いました 「長田寮」 での手厚い御指導と、仲間の精神的な支えのお陰です。皆様にこの場をお借りし御礼を申し上げたいと思います。成長させて頂いた娘を見る一方、もしあのまま 「気まぐれ登校」 の娘と格闘した日々を送っていたならば・・・・と、思いを巡らす事が有ります。私達の必死な戦い、娘との葛藤で何とか五月雨ながら登校はしていました。しかし、精神的にも肉体的にも私達はすでに限界に来ていました。長田先生に巡り会う事が出来なかったならば、心も身体もボロボロになり、娘との格闘も止め、登校を学校を諦めていたでしょう・・・・そして最悪 「引きこもり」 の道をたどっていたかもしれません。成長の止まった、いや後退していく子供にするのか、親が意識改革をし、自分を変える努力をさせ成長する為の努力をさせるか、親の気持ちしだいで子供の人生を左右する事になりかねません。親としての義務と責任をこれからも貫いていきます。

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「ソフトバレー大会」観戦

  5月6日(土) 「長田寮生」が 名古屋ソフトバレー大会に出場するにあたり、観戦のお誘いがあったので、いつもの様に、前日から夜行バスで行って来ました。連休最中なのでチケットが取れるか心配でしたが、運良く、臨時便が出ていたので行く事が出来ました。場所は 「北スポーツセンター」 天白以外行った事がなかったので、無事たどり着くか不安でしたが、地図を見ながら何とか行くことができました。一チーム4人で4,5チームが編成されており、その名も 「馬乗りバッファローズ」 実力はさておき ??  とても強そうで、勇ましいチーム名、また、ママさんやシニアチームの中、唯一若者チームという事で、目立っていました。初心者クラスの対戦で3チームだけだったので、寮生同士の対戦が多かった様です。皆んなキビキビ、ハツラツとした動きで試合に臨み、一生懸命に戦っていました。また相手チームに対しても大変礼儀正しく、爽やかなスポーツマンと言った感じで見ている私達まで清々しい気持ちになりました。運動音痴だったはずの娘も大活躍で動き回っていました。規律と言い、運動と言い、確かな訓練のたまものと、御指導頂いてる長田先生始め、諸先生、また手本となる寮生の皆さんに何と御礼を申し上げて良いか、観戦させて頂いた事で改めて思いは強く、また 「子供に負けない様更なる努力を・・・・」 固く心に誓った大変有り難く、嬉しい一日でした。

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子供の将来を見据え・・・・

    長田百合子先生のホームページ最初の見出しが変わりました。長田隆宏先生による編集とお聞きしています。簡潔でありながら、大変解りやすくまとめられていると思います。その中の 「めさきにとらわれて、その先にある子供の人生を見失ってはいけない」 という行には、過去の反省を込め、改めて背筋が伸びる思いがしました。娘のあらゆる問題に直面した時、私のとっていた行動と言えば、ただその場だけ、ただその時だけ・・・・目先の事しか見れず、その場しのぎの対応しか出来ていませんでした。その結果、そのつけは、雪だるま式にふくれあがり、問題の根を更に深くし、行き着いた先は、自分の力ではもはや、どうする事も出来ない最悪の結果となっていったのです。学校に行きさえすれば、全てを許し甘い態度、そして次ぎの日はまた不登校・・・・抜け出さなければ、この悪循環を断ち切らなければ、焦れば焦る程、気持ちばかり先走り空回り、その繰り返し・・・・現状維持ならともかく、完全不登校、全休も時間の問題とばかりに、欠席は日増しに増えていったのです 「その先にある子供の人生」 そう、私が切望し、考える子育てのゴールでもある 「自分の将来は自分自身で決め、精神的にも経済的にも自立した人間」 これこそ、その先にある子供の人生だと思います。これからは、目標を常に見定め、揺るぎのない子育てに努めていきます。

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休日はゲーム

     中学生になり、それまでの親との外出も嫌がる様になり、休日はお友達を家に呼んで遊ぶ事が多くなりました。勿論、一人より友達と過ごす方が楽しいからではあるのですが、理由はそればかりでは有りません。それは、一緒にテレビゲームをする為です、なぜかと言うと、一人でするゲームは禁止していたからです。一人ゲームを許してしまったら、不登校し、もてあました時間をゲームに費やし、没頭する事がとにかく怖く、それだけは絶対譲れなかったのです。その為、休みともなると、時には泊まって一日中ゲーム三昧と言う時が有りました。男の子の様に激しい殺し合い、と言った過激な物はなかった様ですが、健康的な遊びとはかけ離れたものでした。しかし、これも学校に普通に通い、当たり前な事を人並みにやっていたならば、たまの休日ゲームもしょうがないか、と、おおめに見てあげられるのでしょう・・・・気分で登校 「気まぐれ登校」 をしながら、なおかつ休日は平気で友達とゲーム・・・・やはりどう考えても、常識では通用しない、道理から外れた事だったと思います。何とか、そういう事でも友達と、学校と繋がっていたい・・・・ただそれだけの為だったのです。長田先生に御指導して頂き、こういう間違った対応こそ改めるべきと強く思いました。当然の事として、娘が名古屋に行った後、ゲームは全て処分しました。そんな生半可な気持ちで子供を手放す事など出来ません、もう絶対戻れない真剣勝負なのです。

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旅行も子供中心

    普段、仕事で忙しく子供との関わりが持てない主人は、たまの休みも身体を休め、自分の為に使いたいのを我慢し、私達家族、特に子供の為にサービスし、あちこち連れて行ってくれました。連休が取れると、近場の温泉に泊まりがけで旅行、その時も遊園地に動物園、必ず子供中心で動いていました。高学年ぐらいになると、休みはお友達と出かけたり、遊びたがる様になり、家族との旅行も、数こそ減りましたが、夏休みとかまとまった休日はこれまた必ず、デイズニーランドの様な子供が行きたがる、子供中心の旅行へ行ってました。それは不登校が始まった5年生からも変わらず続け 「学校を特別な理由も無く休む」 そんな不道理な事を平気でする子供に、褒美の様な贅沢な旅行を、何の疑問もためらいも無くさせてしまっていたのです。旅行が良い気分転換になり、登校の意欲へつながれば・・・・・旅行で家族団結、絆を深め、問題解決の糸口が見つかれば・・・・・正直、そんなわずかな望みを抱きつつ・・・しかし、そんな事有るはずも無く、益々生意気で、常識からかけ離れる子供になって行き、全てが空回り、悪い結果になっていました。根本的な部分、甘い親の対応を変える、私達親が変わらなければ、何も変わらない・・・・長田先生に導いて頂くまで全く気づきませんでした。

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娘からの手紙 3

   先日、「長田寮」 でお世話になっている娘から、月に一度の近況を綴った手紙が届きました、今月も紹介させて頂きます。退寮された仲間の事などが書かれおり、元気な様子に安堵してます。以前は心を表すかの様に、米粒みたいな小さい丸文字を書いていましたが、最近は大きく力強い字を書く様になりました。これも前向きな訓練のお陰と、有り難く思い読みました。

                『家族への手紙』

お久しぶりです、元気ですか。名古屋はよく雨が降って寒いです。もう今では、私と同年代の子は中学3年生ですね。入学した記憶がまだ新しいので、3年生という事に実感がわきません。勉強はちゃんと3年生をやっています。それから今は検定の勉強もしています。私は 「数検」 を受けるのでけっこう数学ざんまいです。でもわからない所は沢山なので頑張っています。それからこの前、Tさんと Yくんと Kさんと Hさんが退寮しました。みんなこれから学校に通います。Kさんと Hさんは夢に向かっての学校なのですごいなぁと思いました、見習いたいです。Yくんが退寮する時、Yくんのお母さんにホームページでうちのお母さんとよく話すので、私とは初めて会った気がしない、と言われました。ふと考えると私も約一年後は高校生です。夢に向けての通過点なので頑張って行きます。バンドも今は練習中です、発表の時は見に来て下さい。

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子育てのゴール目指し

   「子育てのゴール」 とは何か・・・・それぞれに微妙な違いはあっても、子を持つ親なら誰もが一番に願い、思うのは 「自立した人間」 になる事ではないでしょうか 「自立」 とは書いて字のごとく、自分で立つ??  それなら一歳の赤ちゃんの時から自立してますよね、そう言う意味では無く、もっと奥深い意味で有り 『親から独立してひとりだちする、または、自主的に働き、自分の力で独立する』 と言う意味だと思います。言葉は難しいけれど、自分自身も出来たし、誰もが普通にたどる当たり前な成長の過程だと、娘の問題が表面化するまで思っていました。しかし、これがいかに難しい事であったか、今、痛い程思い知らされ、このゴールめがけ、親も子も訓練の日々です。目先の満足、目先のちっぽけな幸せだけに目がくらみ、はるか先のゴールが全く頭に無く、眼中に有りませんでした。その為、自立とはかけ離れた、親に依存し、親無しでは生きていけない子供にしていました。長田先生が常々言っておられる事ですが 『幸せは子供自身で掴み、見つけるもので、、親は見つけてあげる事は出来ない』 まさしくその通りだと思います。付け加えるならば・・・・『自分で幸せを掴む為に、突き放す !!』 我が家はまさしく、今がその時です。

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「授業参観」に参加して

  先週の水曜日、4月12日に、娘が現在お世話になっている名古屋で「授業参観」が有り、参加して来ましたので、その時の様子を紹介致します。「塾」の日もそうですが、朝に間に合う飛行機が無く、前日から「夜行バス」での出発になります。昼間は普通に仕事をこなし、一旦帰宅し出発の準備を整えて19時30分発のバスに乗り込み、名古屋到着は翌朝7時30分、何と12時間バスに揺られて行くわけです。皆はそこまでしてと要らぬ心配をしてくれるのですが、私はこの夜行バスが大好きで全く苦にはなりません。座席は三列のリクライニングで思いのほかゆったり、コーヒー、ジュースは飲み放題で勿論トイレもバッチリ、平日は人も少なく殆ど貸し切り状態なので気兼ねする事も無く、本を読みながら、しっかり熟睡して目が覚めると、もうそこは娘が居る名古屋の街です。前日から降り続いた雨がすっかり止み、時より晴れ間が覗く良い天気に恵まれました。天白川沿いの桜が満開で得した気持ちでいざ体育館へ、「長田寮生」 と 「春日井生」のスポーツ対戦、種目はサッカー、バスケにドッチボール三種目で争われました。一つも無駄の無いテキパキ機敏な動きと、元気なかけ声、この集団がかつて親を悩ませ、部屋に閉じこもっていた「引きこもり」かと目を疑いたくなる様なハツラツとした動きでした。娘と言えば、引きこもっていたわけでは無いのですが、部屋で過ごすのが大好きで、どちらかと言えばオタク系、「青空の下でスポーツ?? ヘッ !!」と言う感じの子で、スポーツは大の苦手でした。それが、男の子相手に果敢にぶつかり何でも力一杯頑張っていました。終了後の後片づけも、誰に指示される事も無く機敏な動きで走り回っていました。家では見た事の無かった娘の姿に感激すると共にここまでにして頂いた先生達始め仲間の皆様にただただ感謝するのみです。結果は春日井生に大差を付けられ敗れてしまいましたが、素晴らしい戦いだったと思います。娘に負けない様、置いていかれない様更に頑張らねば・・・・心に固く誓った有り難い、幸せな一日でした。

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クラス変え

   桜前線の北上と共に、長く楽しませてくれた桜も、ここ数日で散り始め、ちらほら葉桜も目にする様になりました。いよいよ新学期が始まりました、新しいクラスに、新しい先生・・・・悲喜こもごも日本中に色々なドラマが展開されている事と思います。私達の地区では小学校は二年に一度のクラス変えで、三年生と五年生にクラスが変わります。三年生の時は仲良しのお友達も沢山一緒で、その後の学校生活も特に何の問題もありませんでした。しかし、五年生のクラス変えは、子供にとって、いや私達家族にとって 「人生最大の岐路」 と行っても過言では無い程の出来事になってしまいました。二クラスしかないのに仲良しのお友達五人全てが娘と別のクラスになってしまい、娘は一人になってしまったのです。休み時間や昼休み別のお友達のクラスに遊びに行ってた様ですがそのうち段々娘から笑顔が少なくなり 「学校に行っても楽しくない、学校に行きたくない・・・・」と、登校を渋り出してきたのです、憎き 「不登校」 の始まりです。最初の頃は、クラス編成に対する学校側の配慮の無さ、対応の悪さを恨んだり、お友達に救いを求めたり、全て回りに責任転換し、人のせいにしていました。大変な努力と苦しみの中で、何とか 「全休」 は免れたものの一年間 「五月雨登校」 「気まぐれ登校」 を許す結果となり、改善とは程遠いものになっていきました。まず親が変わらなければ、何も解決できない、長田先生に教えを頂き、今はその為に努力の日々です、言い換えれば、私達親が変わる事が出来れば解決できるのです。人のせいにしている内は全く見えなかった 「希望の光」 が今は見えてきました。これからも、まずは自分の足元を見て歩いていこうと思います。

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上下関係

   協調性に乏しい為に、集団生活も苦手な方でした。一人っ子という事も有り、特に上下関係にうっとうしさを感じていた様です。親が一緒に遊びに付き合ってあげてた時期は、何となく遊んでいた近所の年下の子供とも、一人となると余り関わろうとはせず、大きくなるに従って言葉を交わす事さえしてなかった様に思います。そういう近所づき合いがうっとうしいのか、たまに有る「集団下校」をたいへん嫌がっていました。理由を聞くと、皆んなが揃うまで時間がかかり、帰る時間が遅くなるから、と言っていましたが、それだけではなかった様に思います。小学校5年生の時は、先生もビックリする様な出来事も有りました。高学年になると、係りの仕事が始まり、5・6年生協力して仕事を任される様になります。当然上級生に従い、5年生はサポート役で仕事を進めていくのですが、動物の好きな娘は「飼育係」になりました。中休みと昼休みに世話をしなくてはいけないのですが、娘とやるはずの上級生が仕事に来ない事が多々有り、怒った娘は、その上級生に喧嘩をごしのもの言いで突っかかっていったらしいのです。その頃は不登校が始まり出した事も有り、気を遣い、腫れ物に触る様なまずい対応の時期と重なり、その事を先生からお伺いした時は正直、仕事をサボる上級生が悪いのであって、娘は当たり前な事を言ったのではないか、果敢に上級生に向かう強さと勇気はたいしたもんだ、と自分中心な考えで、余り叱りもしなかったのです。こうなって考えると、協調性の欠如により上下関係をわきまえた行動が取れなかったのだと思います。今現在「長田寮」に御世話になっているわけですが、入寮したての頃 「一番下っぱのチビのくせしてかなり年上の寮生と喧嘩をする、そういう気の強さがあの子を不登校にしたのではないかと思う」 と先生にご報告受けた事が有ります。その通りと、電話口で大きくうなずいていました。あれから一年、気の強さは相変わらず・・・・迷惑掛ける事も有る様です。

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やり遂げられない

    娘は今まで、ピアノ以外何一つとして、やり遂げ、満足する様な結果を残した事がない。小学5年生の時、お友達に誘われ自分で行くと決めた「進学塾」も初日に出された宿題の多さに嫌気がさしたのか、たった一日で辞めてしまい先生にも呆れられていた。また中学になり再び入った「学習塾」も、お友達と誘い合い、結構楽しく通っていたのに、学校を休み出すのと時期を同じくして、一学期だけで行かなくなってしまった。「不登校」する程の根性無しに、進学塾だの学習塾だの行く事を期待するほうがそもそも間違いで有り、長田先生の教えを伺っていても、視点が狂っていたと思う。出来れば部活に入りスポーツをやって欲しかったが、スポーツに対する苦手意識が強く、挑戦する気など更々ない子供に、何か打ち込める事を見つけて欲しい 「帰宅部」で放課後ダラダラ過ごす事が嫌だった・・・その為の「学習塾」であったが、親のそういう欲を感じていたのか、やる気はやはり持続する事は無く、虚しさだけが残る結果となり、不安と共に焦りだけが募っていった。

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娘からの手紙 2

    昨日、月に一度心待ちにしている報告書と娘からの手紙が届きました。先月に続き今回も紹介させて頂きます。主人からはプライバシイーうんぬん・・・大丈夫なのか、と言われておりますが、不登校克服に向けての訓練の様子、心の動き等、参考になる事があるかもしれない、そして少しでもお役に立つ事があれば、娘に許可など取る必要はいっさいないと思っています。ここの所、またまたごねまくって迷惑を掛けている様ですが、2月の報告なのでその事はいっさい触れておらず、楽しいバンド活動の事に終始しています。以前から少しばかり興味があったギターだったので、そうとう楽しい様です。次から次ぎと色々な事を体験させて頂き、学校以上に充実している事を改めて感じています。お世話頂いてる先生方有難うございます。

                  『家族への手紙』

お久しぶりです、お元気ですか? 最近は春も近づき暖かくなってきました、そちらはどうでしょうか。 この前から授業でバンドがはじまりました。私は前からギターがやってみたかったのですが、ギターを希望する人が多かったのでギターのテストがあって、それに合格できればギターパートになれるという事だったので、毎日課題曲を練習してなんとかギターパートになれました。バンドはチームを組んでやって、私達のチームは 「ねこまんま」 と言います。今練習しているのはポルノグラフティのサボテンです。今は全然ですが、いつかできる様になったらライブをするかもしれないのでその時は良かったら観に来て下さい。個人的にギターはまだきれいな音がならない時があってまだまだ練習あるのみです。最初ギターをやっていると指の皮が厚くなるよ、と言われていて信じていなかったのですが本当に厚くなりました。今は左指がカチコチです。でもまだまだなのでがんばっていきたいです。それから、私は来月中学3年生になります、今考えると一年は早いなーとつくづく思います。まだできない事はたくさんあるので、しっかりなるためこれからもっともっとがんばり、自分自身しっかりしていきます。

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簡単に褒めるものじゃない

    長田先生の教えの一つに「簡単に褒めるな」ということが有ります、「褒めて育てましょう」一般的に良く聞く言葉ですが、優しい母親のイメージで、叱るとは相反する感じです。いつも言ってる事ですが、大変厳しい母親に育てられ、優しい母、友達の様な母に憧れていた私は「褒めて育てましょう」に感銘し何でもない些細な事、当たり前な事でも褒めていました。悪い事、人に迷惑のかかる事をした時にはそれなりに厳しくしていましたが、いつも褒められ、認められ続けていた子供には、躾のつもりの厳しい叱責は「砂漠に水」状態で、なかなか心まで届きません。ちょっと叱ると「なんで怒るの・・・」「それじゃイジメじゃん、虐待じゃん・・・」等々、口答え、言い逃ればかりで素直さが全くなく、プライドがエベレスト級に高く、我がまま娘に成り下がっていきました。その為協調性に欠け、不登校へ・・・問題が雪だるま式に膨らんでいった様な気がします。世の中叱られてなんぼ、よっぽどの事がないと褒めてはくれません、世間に標準を合わせ子育てをしていたならば、「褒めて育てましょう」などという言葉には影響されなかったはずです。これからは、心で褒めても「あっそう」さりげなく流していきます。

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娘からの手紙

「長田寮」に入れて頂き、長い様であっという間の1年1ヶ月が過ぎていきました。入寮すると、一ヶ月に一回指導員の先生からの細かい報告書と、子供からの手紙が届きます。電話の折、子供の様子を伺う事も出来ますが、聞いたところでどうする事もできないし、何か特別な事があったら報告して頂けるので、こちらからはあえて全く聞かない様に努めています。なので月に一度のこの報告書と手紙は何よりの楽しみです。先日送られて来た手紙をここで紹介させて下さい。              

               『家族への手紙』   

お久しぶりです。寒い日が続いていますが風などひいていませんか。 わたしは最近はひいてないです、元気です。 この前には訓練生だけの冬合宿へ行きました。今回はチーム行動でやっていってスノボや運動何でも楽しめました。 結果的にも行動は全体的にすばやかったと思うので良かったです。 個人的にはスノボでジャンプができたのでうれしがったです。 あと一月末には、ソフトバレーボール大会がありました。まだ一勝もしたことがない位弱いので「目指せ一勝」という事で頑張りました。 わたしはブロッカーです、チーム全員力を合わせ全試合やりました。 結果は一勝、目標達成できて良かったと思います。 あとレクでは電子工作をし、オルゴールを作りました。授業4回分で完成させる事ができました。 初めての事だったのでできるか不安でしたができたので良かったです。 これからも色んな事に取り組み、しっかりやっていこうと思います。 それでは身体に気を付けて下さい。

有意義な訓練の様子が伺え、何より励みになります。学校にも家にもない事、出来ない事が寮には山の様に有ります。しかし、ふの裏で目に見えない先生方や仲間の方達の力添えや努力あっての事と、感謝せずにはいられません、有難うございます。

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母を「全面教師」に

   「親を反面教師として」と良く聞く言葉ですが、以前も書いた通り、躾、特に家の手伝い等、大変厳しく育てられた私は感謝はすれど、母親を常に反面教師にし、優しい母、友達の様に何でも相談できる関係で有りたいと思い続けて子育てをして来た様に思います。弱点を持った人間としての親でも、私達兄弟4人を立派にとは決して言えませんが、まがりなりにも、社会に通じ自立した人間に育ててくれたわけで、結局は「全面教師」であり、見習わなければならない、良き先輩であったのだと思います。私達の時代は、悪い事、間違った事をした時、厳しく叱責し時には叩いてでも解らせる、親の権限として押さえつける教育、躾は当たり前な事であり「虐待」などと言う言葉すら一般的ではなかつた気がします。全てを認め、全てを受け入れ子供の権限・・・などと騒がれる今の時代、親にとっても、子供にとっても別の意味で厳しい時代だと思います。師である、長田百合子先生も仰っておられる事です「親を認めなければ自分を認める事は出来ない」その通りであったと、厳しい母の存在を認め、手本としていかねばと、心改め、より一層親に感謝出来る様になりました。

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「不謹慎な欠席」は絶対許すな

    娘が渋々ため息まじりの登校をする様になった5年生の始め、動揺はしたものの、3年生の頃から学期に数回、数える位ではあったが「不謹慎な欠席」を許し、おおめに見てきた事や習慣にならなかったと、たかをくくり安易に考えていたのは事実である。以前と状況が違いお友達との関係も絡んでいたにもかかわらず、一過性なもので、習慣になる事はないだろうと、まだ、初期のこの段階では思っていた。しかし予想に反し休みを繰り返す様になったわけだが、当然の現象であったと思う。一度楽な道を覚えてしまった身体は、よっぽどの修正がなければ、甘い誘惑に負けてしまう、大人だって自制がきかなくなる人もいる程で、子供ならなおさらである。熱もない、下痢もない、食欲も普通、にもかかわらずちょっと具合が悪いから休みたい、属に言う「不謹慎な欠席」は絶対許してはいけない、初期の段階で厳しすぎる対応で望むべきだと思う。少しばかりの親の甘さが、後で取り返しがつかない「祭り」になりかねないからだ。自分の失敗を踏まえ、声を大にして言いたい事の一つである。

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「泣く子と地蔵には勝てぬ」と言うけれど・・・

    「泣く子と地蔵には勝てぬ」と言うことわざがありますが、私達の子育てもまさにその通りだった様に思います。小さい時から、我がままだと思う行動、目にあまる行動、細かい要求に対して初めは親らしく押さえていたつもり {やはりここでもつもりの子育てをしていました} でいましたが、ダダをこねたり泣かれたりすると、親としての自覚を忘れ「ふぬけの親」に成り下がり、結局は要求に負けていました。日々そう言う事の積み重ねにより筋金入りの我がまま娘、お嬢様に君臨させ、「偉そうな不登校児」を作り上げる結果になってしまいました。「心を鬼にし、ここで我慢させないと、この子の将来は・・・」と言う知恵のある発想が有りませんでした、「その時、今だけ平和に穏やかに過ぎればいい、その為に私達がおれればいいんだ・・・」今こうなってしまい、失敗の結果として冷静に振り返ってみれば、親として絶対思ってはいけない、考えてはいけない事をしてしまっていたのだと思います。その先には、「時期がくれば、いつか、聞き分けられる時が来るだろう」とタカをくくり、楽観的に考える自分がいたのも事実です。「時期っていつ??」「その内っていつ頃??」先送りした問題は、自分達ではどうする事もできない「不登校」と言う「雪だるま」になって跳ね返って来ました。御指導頂いてる長田百合子先生がいつも仰ってる事です「育てた様に子供は育つ」まさしく下手くそな育て方により、曲がって育ってしまいました。まっすぐ修正すべく、親元を離し娘は「長田寮」に訓練へ、私達は手放さざる辛い結果と向き合い自己反省に努める日々へ・・・ 大きすぎる誤算でした。

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朝が苦手

  寝起きの悪さ、朝の弱さは「不登校」を経験した人達の大半が悩まされる事だと思いますが、家の娘の場合もご多分にもれず、寝起きの悪さは天下一品、筋金入りで、大変苦労し、悩まされました。不登校の原因がそこに有るかのごとく、あの手この手で必死・・・ 眠くないと、いつまでもマンガを読みふける子供に、時にはブレーカーを落とし無理矢理寝せ様としたり、また一時期5年生の時は、1階のリビングに寝せ、アニメチャンネルを7時につけ、大好きだった「ドラゴンボール」を目覚めに見せたり、それでもダメな時は熱い蒸しタオルを顔にあててあげたり、万策尽くす勢いで試みてました。その時の私は、原因が他に有る事を考える余裕も知恵も有りませんでした。寝起きが悪かろうが、寝不足だろうが、学校に行く子は行くし、原因はもっと他に深い所に存在していたのです。目先の事ばかりにこだわり、解決を先送りにしていた事を長田先生の教えて頂きました。今は「長田寮」で6時起床から一日が始まる、規則正しい生活を送っています。初めて送られて来た手紙には「苦手だった朝も今は一人で起きられます」と書いてありました。有り難い事だと、育て直して頂いた、先生始め、助けてもらっている多くの寮の仲間に感謝しています。

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手伝い

   専業主婦であり、しかもA型気質で大変せっかちで短気な性格を自負していた私は、子供のやる事なす事、時間がかかり、要領の悪さに待つゆとりがなく、イライラ、結局自分でさっさやった方が早いし、納得がいくので、子供の躾の為「手伝い」させる事はとても大切で重要な事だと頭では重々解っていても、気持ちと裏腹に手伝いの機会を持たせずにいました。しかり「不登校」の問題行動が表面化してきた5年生の時から、改善の足がかりになればとの思いで、「家族の一員として役割、責任」を強く説明し、洗濯物たたむ事と風呂掃除を毎日の仕事にしやらせる事にしました。しかし自分でやると決めた時間を守らず、洗濯物はたたまれずいつまでもリビングの真ん中に置きっぱなしにしたり、お風呂もいつまでも洗わず、その為いつまでも入れなかったり、何回も言われなければしなかったりで、小遣い制にして一回につき10円渡してみたり、あの手この手で努力してみましたが、自主的に進んでやる「手伝い」にはほど遠く、ため息の連続でした。5年生の時から名古屋の「長田寮」に入れて頂く中1まで形ばかりの決められた「手伝い」は続けてはいましたが、結局自主的にやった日は数える程しかなかった様な気がします。仕事を片付けると言う概念からすると、自分でやってしまう動力、の何百倍もの努力を要しエネルギーがいる事でした。子供を躾て行く事の大変さ、難しさを手伝い一つからも実感させられていました。

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休みはたまにあるから幸せ

  5年生のクラス替えで、お友達と離れた事で友達関係につまづいた事が「不登校」への直接的な原因ではありましたが、あくまでもきっかけにすぎず、早かれ遅かれなっていただろうし、もしなっていなくても、別の事で問題が生じていたのではないか、と長田先生の話や考えを伺う度思う事です。過保護、過干渉、過管理で何でも手出し、口出し・・・その結果自分で考える事を止めてしまった。考える事といえば楽な事、楽しむ事ばかり、そしてちょつと辛くなった学校は楽しく思えなくなり、楽な「家」へ。一度経験した「ずる休み」を親は優しく許してしまい、一度が二度、二度が三度と歯止めが効かなくなりズルズル、 覚えてしまった「楽な事」は、登校を益々辛い事にしてしまった。何とか五月雨状態で登校はしていたが、楽しく思えない学校に喜んで行けるはずもなく、疲労困憊した顔で帰って来る娘を見るのは大変辛かった。誰しも楽な事、楽しい事だけで過ごせたら、と思う事はあるが、それが毎日となると全然幸せではないはずだ、毎日辛い事を我慢して、たまの休みに楽しむ、それが本当の幸せだと思う。一日も早く、人並みの幸せを味わえる子供に・・・その為にも今を精一杯努力し、頑張って欲しいと思う。

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時間が守れない

  娘は、小さい時からとにかく時間を守れない子だった、自分が好きで、積極的に行きたい、やりたい時には、言われなくても時間を守り、反対に私達をせかす時もあったが、頼まれた事や約束事はとにかくグズグズ、時間を守らない、守れないと言うより、自分の部屋でやってる(マンガを読んだり、アニメを書いたり)好きな事、楽しい事を我慢して約束の時間に止める事ができないのだ。時間を守る事、約束を守らせる事は、社会生活の基本だと思うし、「不登校」の克服へつながる事になるだろうと、時間を守る事を言い続けて来た。決めた時間に降りて来ないので、やれ風呂だ!! やれご飯だ!! 2階に向けどれ程大声を発しエネルギーを消耗してきたかわからない。集団生活、特に学校生活は時間に縛られ我慢の連続であり、時間にルーズで自分勝手な行動は、ひずみが生じ適用しなくなるのは当然と言えば当然の事であったと思う。今現在、長田百合子先生の下「長田寮」に入れて頂き訓練の日々を送っている。朝6時起床から始まり、全ての時間が決められ、守りながらの生活は厳しく大変だと思うが、今までの弱点を克服する為にはこれ以上の環境はない、集団生活を円滑に送る為に、当たり前に時間を守れる人間にと強く願う。

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自分から適用、それが人生

   娘が最初に「不登校」の兆候が現れたのは、5年生の新学期からでした。それは、クラス変えでそれまで仲の良かった5人のお友達皆んなと別のクラスになり、一人だけになった娘は、新しいクラスでお友達を積極的に作ろうとせず、休み時間には他のクラスのお友達の所へ行き遊ぶなど、いつまでも引きずり、執着していた様です。そう言う状況が続く中、学校に行っても楽しくないと言う様になり、顔からは笑顔がなくなり、休む日が多くなっていきました。今でこそ、長田百合子先生の教えや考え方が身にしみ、「合わせ様としないお前が悪い!!」と一喝できますが、その時は、何で一人位同じクラスにしてくれなかったんだろうと、学校を恨んだり、もっと気に掛け優しくしてくれてもいいんじゃないの、とお友達の事を非難したりしてました(しかし、あくまでも娘には気づかれない様に愚痴っていたつもりですが、態度や雰囲気で察していたと思います)長い人生、予期せぬ事や自分の思い通りにならない事だらけで、そのつど、回りを都合のいい様に適用させるわけはいかず、自分から回りに添い、適用する為の努力をしなければならないのです。その為には我慢もしながら・・・  それが人生って、人間ってもんだと思います。

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今日で入寮一年目

名古屋の「長田寮」に娘が入寮し、今日で丸一年が過ぎました。 紆余曲折色々な事は有りましたが、親も子も確実に成長出来たと思います。小学5年生で憎き「不登校」が始まり、35日程休んだものの、3学期半ば頃からは、お友達の力添えや励ましで休まず登校出来る様になり、6年生では無遅刻無欠席、やれやれこれで克服かと、夢弾ませ中学入学し、喜んだのもつかの間、あの憎き「不登校」が再び牙を出し、私達を苦しめたのです。根本的な解決をしなければ繰り返す事を嫌程知らされた私達は、以前からテレビや著書で知っていた、長田百合子先生にご相談する事を決め、勇気を出し連絡しました。九州という遠方なので聞き入れて下さるか不安でしたが、快く対応して頂き、手紙でのやり取り、面接等で入寮がいいだろうとの判断で昨年の今日1月21日に長田先生自ら我が家まで出向いて頂き、娘を連れて行って頂きました。あの時勇気を出して決断していなかったら、相変わらず五月雨登校、いや最悪完全不登校となり、大事な一年間を無駄にしていたと思います。娘は今、長田先生始め多くの方々に支えられ自立に向け、充実した訓練の日々を送っています。親ですらどうする事もできなかった子供をここまで育てて頂き、言葉では尽くせない程感謝しています、皆様、そして娘の頑張りに負けない様精進に努めて行きます、これからもどうぞよろしく御願い致します。

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魂のこもった叱り方

   憎まれ様が、恨まれ様が、そして、たとえ嫌われ様が、社会では通用しない、間違った行い、「不登校」も当然そうであるが、協調性に欠ける「我がまま」な部分、性格も何としても正していかなければならない、その為には、これまでしてきたあらゆる中途半端なしつけ方も改めなければならないと思っている。自分なりに精一杯強い態度で叱っても、最後まで聞かせる事ができなかったら単なる「ヒステリーババー」である、親の言う事が聞けなかったらご飯は食べるな!!ぐらい魂のこもった叱り方をするべきであった、親の揺るぎない態度で魂を込めて叱っていれば必ず子供の心に届いたはずである、そうでないと腐った根性は直らないし、問題解決などあり得ないと思う。長田百合子先生の教えの中で自分に欠けていた事を知り、正す道しるべを作って頂いた。

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上下関係

 娘の「我がまま」「自己中・・」な性格、気質は何故、どうやって培われ、形成されていったのか、親の責任として、原因を探り、追求し、そして改めていかなければと強く思っています。兄弟を作ってあげなかったのも、数ある原因の中の一つであったと思っています、社会の中で一番身近な集団が「家族」であり、その中で経験する上下関係、特に兄弟同士のかかわりは人間関係を学ぶ上で大変重要な事だと思います。上に従い、下をいたわる、そういった事を家庭の中で自然に学べる環境は、健全な生育には、少なからず必要だったろうと、今更ながら後悔しています。「一人っ子」にしてしまった以上、親が毅然とした態度で上下関係を示すべきでした、お父さんが一番で、次がお母さん、あなたはこの家では一番下、口では言っても、実際は全てが娘中心で生活が廻り、家庭の中心はいつも子供でした。長田百合子先生に主人を一番に考え、柱にすれば、黙って居ても子供は全うに育つ事を教わりました。

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口先だけで実行出来なかった

  私はこれまで、正そうと思いながら、なかなか実行する事ができなかった、あらゆる間違った子育ての中で、特に悪い事だと思いながらもついつい口から出てします、クセの様な事がありました。 それは、子供が、私達親の言う事を聞かなかったり、守ろうとしなかった時、「マンガを捨ててしまうよ」とか「ゲームはもうさせないよ」とか脅しの様な言い方を一度言っておきながら、それでも親の言う事を聞こうとしない子供に、一度やる、と言っておきながら、結局最後まで実行せず、中途半端な対応をしてきました。口先ばかりで脅しの様なやり方をしても、最後まで実行しなかったら、子供の思うつぼで親の足元を見るかたちとなり、結局は、全て子供の言いなり、「我がまま」がまかり通る、大変お粗末な育て方をやって来たのです。 こう言う、中途半端な子育ての積み重ねにより、憎むべき「不登校」の核が形成されて行ったのだと思います。 どんなに抵抗され様が、一度言った事は最後まて貫き通し、凛とした親の姿勢を示すべきであった。「後悔先に立たず」とは、まさにこの事で有り、長田百合子先生の導きで、修復への一歩を踏み出す事ができました。これからは決してと後悔する様な子育てはしません。

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お年玉

    一月七日、門松を片づけ、朝から七草粥で一年の「無病息災」を願いました。正月は、子供ばかりいい思いをさせていました、正月用にと、本人はたいして欲しがりもしないのに、親の満足の為に、上から下まで着る物を新調し買い与えていました。また、親戚の多い我が家は、お年玉も結構な額貰っていたので、小さい時は親が全て管理し、貯金してあげられましたが、小学校3、4年生の頃からそれも嫌がり、自分で管理する様になりました、買う物は決まってマンガやゲームばかり、女の子なのに、どうかな、と思いながらも見て見ぬ振りをしていました。私達もお年玉は縁起物、と言う思いから元旦に渡すのが習慣になっており、五年生に「不登校」になってからも、何の疑問も持たず普通に渡していました。お年玉は、昨年一年間頑張った褒美の意味も有り、嫌な事から逃げ続け、私達を苦しめ、悩ませ続けた子供にあげる必要など全くなかったのです。すっかり、親の足元を見られ、基本的しつけが出来ていませんでした。昨年は長田百合子先生の御指導のおかげで、当たり前な事を教え、貫ける親になりました。

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飛躍の年に

   明けましておめでとうございます。 2005年は長田百合子先生にご尽力頂き、「長田寮」に娘を預かって頂く事から年が始まり、「紆余曲折は筆舌に尽くせない」ほど長く辛く苦しい年でした。苦しいと言うのは、娘と離れている事の寂しさなんかでは有りません、「不登校」と言う憎き症状を、八方手を尽くしたにもかかわらず、親の力でどうする事も出来なかった、言い様もない悔しさ、むなしさ、敗北感、またそんな親もどうする事も出来なかった我がまま娘を、人様の手を煩わせ育て直して頂く事への罪悪感に他なりません。 そんな辛く苦しい年ではありましたが、必ず先はある !!  未来に希望が持てる年でもありました。前を、希望を持たせて頂いた長田先生への、言葉にならない程の恩義を、今年も常に忘れる事なく、少しでも人様に、社会に返していける様、日々精進に努めて行きます。 今年は必ず一歩前進の年に、飛躍の年にしたいと思います、皆様、今年も何卒宜しく御願い致します。

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ノーの権限

   娘が「不登校」と言うとてつもなくやっかいな問題行動を起こす様になり、長田百合子先生の下「長田塾生」として学んでいくうち、自分の間違いだらけの子育てを改めて思い知らされ、悔いる毎日である。出来る事なら意識はそのままに、生まれおちたその時から、育て直しをしてみたい。叶わぬ夢のまた夢と思いつつ、死ぬ前に願いがひとつ叶うとするならば、迷うことなく御願いするだろう。小さい時からの些細な場面場面がうつろに思い浮かぶ。自分ではきちっと躾ている「つもり」が親の体裁の為だったり・・・だめな事を最後まで貫こうとせず、結局子供の思うまま欲求を認めてしまう、私達のちょっとした対応が「我がまま」な子供を作り上げ、とてつもなくやっかいな後始末をする羽目になってしまった。これからの自分自身のスローガン

【子供の健やかな成長を助けるには、子供の欲望を全て認めるのではなく、子供にノーの権限を親が持つ事である】 

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期待がいつしかプレッシャーに

   娘の問題が表面化し、長田百合子先生に出会えた事で、学歴より何より、「しっかり自立した大人」になってもらう事が子育ての最終目的となった。しかし、以前の私は子供に少なからず期待し、自分に対してもプレッシャーをかけて子育てをしていた様に思う。生まれて一才も満たない頃、数十万もする高価な幼児教材を買い込み、主人に呆れられたりもした。結局、期待し買ったその教材も殆ど使う事はなかったが、英才教育に心が傾いたのは確かである。スパルタ的な勉強はさせなかったが、「これからは女性も手に職を付ける時代だよ」とか「一生続けられる仕事を見つけなさい」とか事あるごとに言い続け、期待とプレッシャーをかけていたのかもしれない。しかし、誰しも子供を持つと夢を託すだろうし、またそれが親の特権だと思っていた。私も子供に夢を 託す事で、ささやかな親孝行をしてもらった様な幸福感を味わったわけだが、それは親の勝手な夢にすぎず、そう言う欲が、目に見えない重圧として、子供を潰してしまう原因だったと思う。

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正義を貫く

    誕生し、手もかからず愛くるしいだけの娘でしたが、一才を過ぎる頃から少しづつではありましたが、手を焼く事が有りました。 その一つが、運転中でした。 車のチャイルドシートに乗せられると尋常じゃない程、身体全体で嫌がり、泣き叫ぶ娘に根負けし助手席にそのまま乗せ、 ブレーキを踏んで子供が倒れそうになると、左手で押さえながら運転していました。 今なら完全な交通違反です、泣こうが叫こうが、押さえつけてでもシートに座らせ、子供の安全を守るのが親の努めであり、義務であるのに、ただただ泣かれる事に、どこか「怯えている」かに思える程の無責任で、最低な母親でした。こう言う小さい時からの「無責任な子育て」が今現在の問題につながっているのだと思います。長田百合子先生の教えの中、気づかされ、目が覚める事が出来ました。「正義を貫く強い親」で有りたいと強く心に誓い、精進の日々です。

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確固たる親

   娘が小学5年生になり、友達関係でいわゆる本格的な「不登校」になるまで、主人は仕事で、立場上殆ど毎日午前様、週末ぐらいしか家族で夕食を囲む事はなかった。 しかしその頃までの娘は自分勝手で我がままではあったが、割と、まだ私の言う事は素直に聞いてくれていた様に思う、だから主人不在の子育てに不自由を感じる事はなかったし、むしろ2人の生活が自然で、たまに主人がいると軽い緊張感を覚えた。 そんな緊張感のない母子2人の生活が続く中で、しつけやけじめに対し非常に甘かったのは事実である。言うことを聞いていたのじゃなく、「イヤ」と言えばそれ以上何も言わず、諭す事もせず、しつけやけじめをしっかり身に付けないまま、社会生活の基盤であるべき家庭の中で、上下関係を学ぶ事が出来ず、親子の力関係が助じょに逆転していったのではないかと思います。長田百合子先生に教えを頂く中で、「弱い親の下、方向性を見失った結果が子供の問題行動につながった」のだと知りました。信じられる「確固たる親」になるべく、また、同じ過ちは二度と繰り返さぬ様修行の日々です。

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「真の教育者」

  子供が学校に行き渋りだし、いわゆる「不登校」という問題に直面した時、私は片っ端から関係本を読みあさっり、「親の会」に参加したり、自分なりに勉強してきたつもりです。 そこの中では、殆どの人が、学校が悪い、教師が悪い、いじめる友達が悪い、強いてはこんな教育、社会が悪い。 全て人のせいでした、自分は悪くない、まして子供は何も悪くない。何かふに落ちないものを感じつつ、そういう風潮に自然に流され、また、自己暗示をかけ休む事を肯定してきたように思います。  人のせい、世の中のせいにしたら批判だけして現実逃避できるのだから、楽であったかもしれません、しかし、逃げ続け、目先だけの子育てをしていたって、結局何の根本的解決にならないし、それ以上の苦しみが必ず待ち受けている事は明らかでした。 読みあさった関係書の中で幸運にも知る事ができ、今現在、娘の事て゛御世話になり、解決に向け尽力頂いてるのが「長田百合子先生」です。口先だけの慰めでごまかそうとするいい加減なカウンセラーとは全く違った「真の心」を持った方でした。 今こそ、先生の様な「真の教育者」が求められていると思います。

 

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着替えが苦手

  小さい頃から着替える事をとても面倒臭がっていた娘ですが、それは中学生になってからも同じでした。学校に行きたくないという気持ちがそうさせたのか、さっと短時間で要領よく着替える事がとにかく苦手で、朝制服に着替える時も「ほら手が止まってる、ほら、ほら」と言い続け、朝の時間がない時、10分以上もかかってやっと着替える状態でした。 幼稚園の頃、何回言っても着替え様とせず間にあわないので結局手をかすと言う状態でした。  しかしある朝それを見ていた主人がとうとう爆発し、裸の娘を制服共々外に投げ出した事がありました。でもそこまでされても只大声で泣き叫び、窓を叩き続け着替えようとはしませんでした。そんな時着替えるまで何が何でも家に入れない強い姿勢を持ち、最後までやりぬかせればいいものを結局最後は根負けし、手を貸すという中途半端な対応をしてきました。 他の事にしてもそう、一事が万事、全て中途半端な躾しかできず、結局子供を苦しめる事になったのです。今 「長田寮」で御世話になり、先生達の熱心な御指導と、手本となる素晴らしい仲間に支えられ、中途半端は絶対許されない環境で、自分自身と戦っています。 長田百合子先生に「辛くても苦しくてもやるべき事は最後までやらせる筋道の通った子育て」を学ばせて頂きました。

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かんの虫??

  赤ちゃんの頃はただただかわいいだけの、手のかからなかった娘でしたが、物心つき出す頃より元気で活発な性格がふつふつと芽を出し、落ち着きのなさもあってか育てにくさを感じ悩んでいた。昔から言われている「かんの虫」が原因ではないかと思い、しばらくかんの虫の薬を飲ませてみたが、殆ど効果はなかった。そんな幼稚園の頃、子供が帰って来れば嬉しい気持ちになるのが普通の感覚だろうが、私は娘が帰って来る時間が近づくと、なぜかどうしようもない不安感におそわれた。  言う事を素直に聞かない子供と「イヤ」と口答えして反発する子供に、納得するまで言い聞かせる事もできない 「知恵のない親」そう言う事の積み重ねの結果、今の「不登校」という問題行動につながって行ったのだと思う。だめな事はだめと言える強い親に、またそう言う強い親を誇らしく思える子供になるべく、親子共々、長田百合子先生の御指導のもと日々訓練に励んでいます。                                          

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少子化問題

   私が「子育ての師」とあおぐ長田百合子先生が、昨夜の「朝まで生テレビ」に出演なさいました。政治家も含むそうそうたるメンバー中にあって、机上の改革論を口先だけで論ずる人達とは違い、現場を見てきた先生だから言える的確、かつ率直な発言に大変感銘致しました。「少子化問題」日本の未来を左右する、大変難しく、また大変重要な問題だと思います。目をかけ、手をかけすぎる事で、結果、生きずらくなり、自立できず結婚出来ない子供がますます「少子化」に拍車をかけているのではないでしょうか? 長田先生が言っておられる「家庭の中の縦社会」を子供に示し、「日本古来」の子育てに立ち戻る事で、少子化をくい止める糸口が見えてきそうな気がします。

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お山の大将

   娘は、結婚して6年目にやっと授かった子供である。辛い不妊治療の経験と、30歳をとっくにすぎていた事もあり年齢的、体力的にも積極的に兄弟をつくってあげなかった事も、子供が問題を起こすに至った原因だったろうと思う。私達両親をはじめ、祖父母、関わる全ての人に溺愛され、受け身の愛情ばかり、与える愛を知らずに育って来た様に思います。いとこは20数名いるが殆ど10歳以上離れたいとこばかりで、年の近い異年齢の子供と接する事が極端に少なかった、その為か、近所の子供達と遊ぶ事や子供会の参加も嫌がっていたので無理に遊ばせる事もしなかった。元気でひょうきんな所がある子だったので同級生のお友達は多い方だったがなぜかみんなおとなしいタイプの子供ばかりで、自分と似た気の強い子供は自然に避けている様だった、当然のごとくお山の大将になっていた。一人っ子なので家でもまれ、我慢する事もなく、また外でもこういう状況、我慢をして他人に添う事、協調しながら他人と添って行く知恵を学ばせ経験させて来なかった事をとても後悔している。兄弟がいたなら今頃・・・と思う事もあるが、今は長田百合子先生のもと「長田寮」で訓練させて頂いている、多くの兄弟達にもまれ、順調にとまではいかないが一歩一歩少しずつではあるが確実に成長している。

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マイケルジョーダンの母親

 以前、長田先生とのファックス交信でも書いた様な記憶がありますが、アメリカいち有名なスポーツ選手であるバスケットの「マイケルジョーダン」の母親について、エピソードを皆様にもここでご紹介しようと思います。何かの本で紹介されていた話です、それはジョーダンが中学一年の時の話だそうです、悪友に誘われ授業中に学校を抜け出し町で遊んでいるところを補導され、学校は規則に従いジョーダンを退学処分にしたらしい、もし私だったら「その位の事で退学させるのは厳しすぎる」とか「悪いのは誘った友達の方」だとか子供を擁護する方にはしっただろうと思う、しかしジョーダンの母親は違った「規則だから仕方ない」と甘んじて処分を受けたそうだ。またその後、母親は自分の車に息子を乗せ職場に連れて行き、車の中で毎日勉強をさせたらしい、嫌がる息子に両親は厳格にそれを守らせた。車の中で教科書を見せる事で、勉強と言うより「学ぶ事の大切さ」と「悪い事をしてしまったという反省」を悟らせようとしたのだろう、その後のジョーダンの活躍は言うまでもない、まさしく「この親にしてこの子有り」長田百合子先生が一貫して言われている「強い親」を見た様な気がしました。

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ホームページを作りました

悪戦苦闘しながらやっホームページが出来ました。 今まで主人に頼りっぱなしのダメな主婦、母親でした、人間
やれば出来る、何事も挑戦する事が大事なんだと思いました。                               
中学2年生、14歳になる娘は「不登校、引きこもり」を克服すべく名古屋の長田百合子先生のもと「長田寮」で今年1月末より御世話になり、訓練させて頂いています。小学校から不登校を繰り返し何一つ好転する事なく無気力で明るさを無くしていく娘を何とか救ってあげなければ、ただそれだけの思いでした。一般的な世間の考え方
「全てを、ありのままを受け入れましょう」とは全く正反対の「親が変われば子供は変わる」という長田百合子先生の考え、教えは私達に希望の光を与えてくださいました。親も子もまだまだ改善への道は先ですが、確実に将来はあると信じています。

時には趣味の話<インテリア、ガーデニング>の話もまじえながら、これまでの事や今の思いを書いていこうと思います。まだまだ不慣れなパソコンで見づらいとは思いますが、1人でも多くの人に見ていただける様頑張りますので宜しく御願いします。

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