苦しい時期
娘が 「不登校」 に突入したのは小学校5年生でした。完全な不登校では無く、属に言う 「五月雨登校」 その日の気分で行ったり行かなかったりするのですから、家族中、家の全てが子供の登校如何にかかっていた、と言っても過言では有りません。お父さん中心で有るべき家庭は、腫れ物に触る様な扱いで全て子供中心になりました。夜、機嫌が良く時間割をすると 「あーー明日は行ってくれるかな」 と安心したり、ふさぎ込み元気がなかったら不安になったり、子供の状態に一喜一憂され振り回されていました、主人は早く出勤したくても、子供の登校を確認してから・・・・と言ったぐあいでした。そんな苦しい毎日が続く中、不登校仲間の方々からは、完全不登校になったら楽になるから、と甘い誘惑が何度となく有りました 「明日から行かなくても良いよ」 と子供に宣言しろ、と言うのです、そうすると子供も家庭も明るくなる・・・・と。そりゃ子供は明るくなるでしょう、面倒な学校に行かなくて良くなるしガミガミがなくなるのですから、そりゃ親も一時は楽になるでしょうガミガミ言わずに済むのですから・・・・しかし、今以上の苦しみが後から押し寄せて来る・・・誰でも解るはずです。許せない姿勢、諦めない姿勢を持ち続け戦う事です、必ず道は開かれるはずです。
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コメント
学校に行けなかった子が、社会に出てやっていける
わけがない
そこに気がつかないと、変われないね。
気がついてよかったよ
今度は変わった自分を維持しようね
お互いがんばりましょ!!
投稿: 荒木 | 2006年12月21日 (木) 22時47分