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甘く優しいだけでは・・・・

     娘の問題行動、不登校がちらほら顔を覗かす様になってから、仕事が忙しく平日は殆ど午前様状態だった主人に対し、さも、父親不在が原因であったかの様に責任転換をしていました。とんでもない事でした、主人はただひたすら家族の幸せの為に身を粉にして働いていただけてあって、問題の発端はまぎれもなく母親の私自身だったのです。二人っきり、母子家庭状態の中で甘えさせる事ばかりで、厳しい躾を極力避けていたのですから、糸が切れたタコの様に、自分が行きたい様にやりたい様に好き勝手我がまま放題、けじめも何も無かったのです・・・・その上、娘とは友達親子などと平気で言ってのける様なバカな母の元、そりゃなるべきしてなった 「不登校」 だったのだと思います。子供の事を真剣に思うのなら、厳しく毅然とした親で有るべきでした、甘く優しいだけの親は子供を苦しめるだけです。

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自己中心的な思考

  子供を自己中心的な思考に走らせた要因・・・・様々な事が原因になっており、いちがいに特定は出来ないまでも、今までにも何度となく言って来た、子供中心の生活、父親よりまず子供ありきで来た事・・・・「お子様」 的子育てが大きな原因であったと思っています。また、少し掘り下げて考えてみると、核家族の中での子育てにおいて、日常の大半は、自分達の生活の事、子供の事、余暇の過ごし方、娯楽の事ばかりで、この幸せな生活を与え、支え、守ってくれている親や兄弟、親戚、友達、知人への感謝の話などは、極めて少なかった様な気がするし、意識して生活していませんでした。他人に感謝する姿勢を親自ら示す事が無く、いつも話の中心は子供、子供・・・・これでは 「お子様」 になるのも当然の事でした。人は皆、他の人々の助けや支えを受けて生きている・・・・支えられて嬉しかった事、感謝の気持ちを話、私自身が他の人を支えている姿勢を子供に見せる事が大事でした。他の人を助け、支える事に喜びを感じる子供は、決して自己中心的な思考にはならないはずです。

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尊敬

    「子供に嫌われても良い、尊敬される親であれ」 師で有る長田先生の教えです。耳の痛いお言葉と反省しきりです。 尊敬・・・・その内成長と共にしてくれるだろう、と甘く考え、極力嫌われない様に、友達親子を理想とし、子供に好かれ様としていました。子供に好かれ様とするあまり、ご機嫌を伺い気を遣う事も多々・・・・その内、子供はつけあがる様になり、我がままがエスカレート、我がままは当然自己中となり協調性が無くなっていく、結果は言わずと知れぬ 「不登校」 ・・・・ 子供が親を尊敬しない原因、理由を上げるとすれば、親自身に目標意識が乏しく、自分を磨く事を怠っていたからではないかと思っています。何となく過ぎていく日常に流され、成長する意欲に欠けていました。そんな親の姿は子供にとって尊敬の対象になるはずもなく、意欲や目標を見失っていったのかも知れません。親になったならば、子供を常に意識し自分を高める努力、自分磨きを続け、その姿を子供に見せていく事が大事なんだと思います、 「尊敬」 後から必ず付いてくるはずです、嫌われて結構、これからは尊敬される親で有り続けます。

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自己主張

     長田百合子先生の教えで強調され、常日頃言われている事に 「自分様より他人様」 と言う言葉が有ります。自分の事より、まず他人様の事を大事に思い一番に考える、他人を思いやる心を大切にしなさい、と仰います。 全くその通りだと、聞く度に自分を反省します。娘が 「不登校」 に至った原因の一つは、いつも指摘されている事ですが、自己中心的で我がままなゆえ、協調性に欠けていった事が大きいと思っています。他人様よりまず自分ありき、自己主張し過ぎるところが有りました、それは我がままが一番通る、家庭の中が特に目立っていた様に思います。自分の利益の為なら手段を選ばない状態で、屁理屈を並べごねていました。自己主張も時には大切な事ですんが、自分も認めて欲しいが、相手の事も認めてあげる姿勢でなければ、世の中では通用はしません。自己主張は人一倍するが、相手の言い分は認めない・・・・世の中そんな甘くは無いのです。自分が楽しく有りたい、けれど、相手だって同じ様に楽しく有りたいと思っているわけだから、相手の気持ちを察し、理解し、認めながら、その中で自分の意志を相手に伝え解ってもらう・・・・そういう形が大切だと思います。 「他人様の気持ちを一番に察し思いやる優しさ・・・・」 何より娘に求める事です。子供の姿は親、母親自身の姿として反省し、子供の手本となれる様、率先して示して行きたいと思います。

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本当の喜び

   子供に、自分で作り出す快楽、喜びの味を体験させて来なかった様に思う。努力や頑張る事を特にさせる事も無く、他の子も持っている、お友達も買って貰った・・・・と子供から聞かされると、特に抵抗もせず、何の疑問も感じず、ホイホイと買い与えていた様に思います。それはゲームだったり、洋服だったり・・・・一つ買い与えても終わりは無く、しばらく経つとまた欲しがり、欲張りで傲慢になって行く、その繰り返しで目先の快楽ばかりを追っていました。そんな甘い対応ばかりで育てられた子供は、いつしか、努力、苦労、頑張る・・・・「忍」 が出来ない、我慢出来ない子供になり、それは、怖い怖い 「不登校」 へと突き進んでいきました。努力をし、汗を流し、工夫をし、苦労をして頑張って何かを成し遂げた、そしてそれを回りの人達が認めてくれた時こそ、最高の快楽でしょう。親が体験させる事が出来なかった、そういった人間としての最高の喜び、本当の喜びを 「長田寮」 の活動を通し、先生方始め仲間の支えで、どれだけ体験させて頂いてる事か・・・・今日、明日は 「スポーツ大会」 に参加させて頂いています。また一つ、本当の喜びが増える事でしょう、有り難い事です。  

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達成感

     小さい時から、達成した喜び、達成感を味わった事が無かった様に思う・・・・それは、諦めない姿勢を、親自ら示して来なかったからに違い無い。どんな些細な事でも、自分の力で成し遂げた事は、何よりも自信とやる気に繋がる。手を出し、口を出す事でやる気は無くさせ、そのやる気の無い態度に更なる追い打ちをかける様に叱責する・・・・益々やる気を無くす・・・・その悪循環でした。達成感が無いから自信が無い、自信がないから消極的になり、学校への足も重くなる・・・・こういう図式になるのかもしれない。不登校や引きこもりの子供達は自信の無い子が一般的に多いのでは無いだろうか・・・・勉強に自信が無い、人間関係に自信が無い、集団生活に自信が無い・・・・それはやはり過ぎる管理のなれの果ての様な気がします。失敗を繰り返し、転んでも転んでも自力で立ち上がる、自分自身の力で 「成功」 する喜びが達成感に繋がる、自分で計画し、実行し、成し遂げる・・・・「人生で一番楽しい事、それは目標を作り、計画を立て、それの達成に努力する事だ・・・・」 ある哲学者の言葉です。喜びを伴う自信は、生きる勇気を与えてくれる・・・・とも言ってます、かなり説得力のある言葉です。今まさしく、長田寮の子供達は 「ライブ発表会」 を成し遂げた達成感で喜びを味わっていることでしょう・・・・大いなる自信に繋がったと思います。

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二度目の「バンド発表会」

    二度目の 「バンド発表会」 に行って来ました。進行も多少変更されており、また、たったの数日間で仕上げたという二曲が新に追加され、娘は最後にボーカルまでこなしていました。気は強いが消極的・・・そんな子供でした、当然人前で歌う様な勇気も根性も無かった娘は、すっかり変わっていました、そう 「闘争心」 が備わって来たのだと思います。気まぐれな登校を許し、我がままがまかり通る家庭の中で、ぬくぬくと好き勝手に過ごしていました。そんな子供を、どうする事も出来ず、限界を感じ途方に暮れていた時、長田先生が手を差し伸べて下さいました。簡単な道のりでは無かったけれど、長田先生を信じ、長田寮の確かな指導を信じ、がむしゃらに付いて来て良かった・・・・心から喜びをかみしめています。まだまだ道のりは長く、問題も有ります、やっとここまでして頂いた・・・・率直な気持ちです。

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「恨まれるだろう」の言葉に・・・・

     「恨まれるだろう・・・・」 入寮待ち状態で、長田先生とのファックス交信中に何気なく書いた言葉に先生は即座に反応し、的確に指摘して下さいました。 「憎まれ様が墓石を蹴られ様が強い信念で貫き通す事・・・・」 先生の言葉が胸に染み、まだまだ甘い自分に腹が立ちました。子育てに対してすっかり自信を無くしていた私は、子供に対し何か腫れ物に触る様な対応、上になりきれない対応から抜けきれず、ついつい文章の中に本音が出たのだと思います。 「行き渋り」 の症状が出だした五年生の頃からは、特にお粗末な有り様だったと思います。何か言えばふてくされ、学校を休みたがる娘に、ダメな事はダメと強い態度に徹する事も出来ず、子供の機嫌や様子を伺い、学校が辛いのなら、せめて家に居る時くらいは楽しく、居心地の良い環境を、と気を遣い、ついつい腫れ物に触る様な、間反対の対応をしていました。その結果、子供は益々弱く、楽な家庭に逃げる様になっていったのです。絶対、二度と、同じ過ちは繰り返さない、信念・・・・揺れる事は絶対有りません。

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