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出しゃばり

    子供同士の喧嘩にすぐしゃしゃり出し、口を挟み、子供自ら考え、対処する事をさせて来ませんでした。大人しいタイプ子を好む傾向が有り、自然と娘の回りは素直なお嬢様タイプの友達ばかり、一番活発でリーダー的存在だった娘でしたから、その中で喧嘩やもめ事が有ると、経緯や原因を確かめる前から 「あなたが悪い」 と決め付け、娘の話を半分も聞こうとせず 「○○ちゃんに謝りなさい」 と一方的に叱る事が多々有りました。納得いかない娘は当然素直に謝ろうとしない、その態度が生意気だとまた叱る・・・・ こんな事も有りました、小学校4年生の頃だっと思います。娘がまだ学校から帰宅してないというのに、お友達のお母さんから電話が有りました、そのお母さんが言うには、嫌がるお友達に反対方向の家まで付いてこらせたうえ、ランドセルも持たせた、と言うのです。家は全く逆方向だし、そんな事今まで一度もした事がなかったのでおかしいな、とは一瞬思いましたが、ヤンチャな娘の事、有りえる話だと勝手にまた思い込み、玄関に仁王立ちになり帰宅した娘を待ちかまえ、またいつもの様に話も聞かず一方的に叱ってしまいました。叱ってる最中に、娘と同じ名前の別の子だったと、お友達のお母さんから謝りの電話・・・・時すでに遅し、身に覚えのない事で散々叱られた上、信じてくれない母親・・・・ 小さい心を痛め、私に対する不信感も募ったと思います。娘の躾ウンヌンと言うより 私の 「八方美人」 的性格と世間体を気にしての事だったと思います。まずは自分が謝り、事を丸く収めよう、他のお母さんと争うよりは・・・・ いつもこの事で一杯だった様に思います。昔を振り返ると自分の嫌な所ばかり思い出されます。

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悲しい子育て

   今まで、再三紹介し、白状して来た事ですが、子供を上手くコントロールする手段として、度々 「物でつる」 事をしてきました。 私達の小さい頃 「お使いチン」 と言い、お婆ちゃん家に頼まれた物を届けたり、お婆ちゃんの手伝いをしたら 「ハイ !! おつかいチン」 と言ってお婆ちゃんが私の小さな手の中に少しばかりのお金を入れてくれました。母親からは、いくら頑張っても当たり前の事と何の報償も無く、この、たまのご褒美がとても嬉しく、心待ちにしていた事を今でもハッキリ覚えています。 子供が勉強好きであって欲しい、何事にもキビキビ積極的に取り組む子供であって欲しい・・・・と欲が欲を呼び、その思いがつい、褒美でつってでも・・・・・という形で表れていったように思います。 自分の都合でなかなか動こうとしない子供に向かって  「 やってくれたら、いくら上げるよ、これをしたら、あれを買って上げるよ 」 そういう事を度々重ねるうちに、やる前から物を要求する事も有り、やる気に繋がったのは最初だけで、悪循環の繰り返しになっていきました。言葉の管理で飽きたらず、目の前に人参ぶら下げ、動物的管理に走っていました。長田先生がたまに仰います 「悲しすぎる子育て・・・・」 そう、以前の私はそんな悲しい子育てをしていました。 「物でつる」 そんな悲しい事はもう二度としません。

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感謝の心

  「近頃の子供は感謝の心が無い、感謝の言葉も知らない」 と言った言葉を良く耳にしますが、娘も、心からの 「ありがとう」 感謝の言葉が足りない子供でした。 物に溢れ、愛情に溢れ、感謝なんかしなくっても、次々に与えられる物、物、物・・・・・ たいして努力もせずに、何でも欲しい物が手に入る環境で育てられてしまった子供には 「ありがとう」 の言葉は必要ではなかったのだと思います。 しかし、そんな事に気づきもせず、買い与えては感謝の言葉を強要していました。 やってあげたり、物を買って上げた時 、感謝の言葉がないと、怒ったような口調で 「ありがとうは !! 」 と言うのが癖でした。 しぶしぶ強制的に言わせた 「ありがとう」 でも、言われないよりましでした。自分は回りの人に支えられ生かされている・・・・・ そう言う感謝の気持ちがあったならば、心から沸き立つ感謝の言葉、本当の 「ありがとう」 が言えるのではないだろうか・・・・ 常日頃、長田先生に教えられている 「感謝の心」 まずは親が手本となろう・・・・ 親も子も育てて頂いてます。

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粘り強さが無い

     これまでの成長を振り返ってみると、色々な場面で 「粘り強さが無い」 子供でした。 友達からは 「家の子だって同じよ、子供って本来飽きっぽいのが普通よ・・・・」 と慰められ、親の欲目で考え過ぎかなっと思った事が有りましたが、現実 「不登校」 になったわけですから、それは、やはり普通では無かったのです。 それに至った原因は、過干渉、過管理、手出し、口出しが過ぎた事にあったのはまぎれもない事実です。子供が 「どうしたらいいのか、どういうふうにしようか」 真剣に考えてる側から 「それはこうしたら、こういうふうにしたら上手くいくんじゃない」 自分の考えを勝手に押し通そうとして、子供に考える余地を与えない・・・・・そういう事を再三受けていくうち、物事をじっくり考え無くなり、一つの事に粘り強く取り組む姿勢が薄れていったのだろうと思います。こういう事を心から反省し、改め様と思うのも、長田百合子先生の教えがあっての事です。先生に巡り合う事がなかったら、変わらぬ管理が続きさらに事態は悪化していただろうと、恐ろしくなります。子供の考えや、行動を大事に黙って見守る・・・・・ そうする事でねやる気も起こり、物事に粘り強く取り組む姿勢が育っていくのだと思います。 二度と同じ過ちを繰り返す事は出来ません。

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手伝い

  専業主婦で時間を持て余していたうえ、せっかちなで自分の思う様に事がはかどらないと納得のいかない性格の私・・・・ 家事は自分のペースでやりたい、ただそれだけの理由で、子供に手伝いをさせていませんでした、いや、それどころか当然子供自身でやるべき身の回りの事ですら、待ちきれず手を出すダメ母でした。 そんな私でしたが、ある日を界に子供に手伝いを強制する様になったのです、そう 「不登校」 をしだした小学5年生の時です。 恥ずかしい話、それにはある理由があっての事でした。子供の事で悩んでいた私は、「姓名判断」 のとても良く当たる占いの人を紹介され、藁も掴む思いで占ってもらいました。 その方はこう言ったのです 「このままでは、完全に引きこもるのも時間の問題です、とにかく家の手伝いをさせなさい、そうしたら大丈夫、絶対引きこもりにはなりませんよ・・・・・」 それを聞いた私は、その日から目の色を変え 「手伝い、手伝い・・・・」毎日必ず義務づけました。しかし、手伝いと言っても全然たいした事では無く、洗濯物たたみとお風呂洗いだけ、それまで何もやらせて来なかったので最初は手とり足とり教え込みました。こんな親として当たり前な事も他人に、それも馬鹿げた占いを信じる、どうし様も無いバカな母親でした。 今は 「長田寮」 でしっかり訓練して頂き、炊事、洗濯、掃除、母親もかなわない位頑張っている様で、親としてこんなに嬉しく有り難い事は有りません。

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始まりはすでに出産の時から

   長く辛い不妊治療の末、やっと授かった子供でしたが、出産予定日を9日も遅れて生まれて来ました。最後の最後まで気を持たせ、もったいぶって生まれて来ました。それも、予定日から当直の勤務を控え、いつでも駆けつけられる様な体制をとっていた夫でしたが、9日の遅れは予想外で、もうどうしても変わって頂ける方が見つからず当直をしたその日に産気づき生まれて来ました。なんとまあ間の悪いタイミングの悪い子供だろう・・・・ 絶対、夫に痛みを分かち合って欲しいと願っていた私は、痛みが和らぐと公衆電話に走り 「痛い、辛い・・・」 とどうし様も無い夫に訴えていました。さあいよいよ出産という時にまで自分の事しか考えない我がままさでした。遊んで来られないならともかく、代わりのきかない仕事で来れない夫に対し、言いたい放題愚痴を言った様な記憶が有ります。一番辛かったのはどうする事も出来ない主人だったはずです。さも 「あんたの子供を産んでやってるのよ」 と言わんばかりの傲慢さでした。夫に知られない様に痛みに耐え忍び、人知れず我が子を産み落とす・・・・ そんな昔の女の強さや、控えめな優しさが全く有りませんでした。こんな、我がままな母親に育てられた娘が、我がままな性格になるのは当然の事でした。娘の姿は母親、自分そのものだったのです。

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怖い存在

    親の目が行き届き、手の届く範囲で私達、親を試すかの様に色々悪さをしていました。冗談の様でツボを押さえた事が小さい時からの私の口癖でした 「この子は親の居る所で悪さをするのよ・・・・」 自分の経験からも、子供も大きくなると、親が怖くなり、親に隠れて色々悪さをはたらくものですが、娘は親が居ようが居まいがお構い無し、良く言うと、親に全く遠慮が無い・・・・ 言い換えれば、親が全く怖い存在では無く、ブレーキになれない存在であったのだと思います。小さい時は少しばかりヤンチャな子、のびのび活発な子と言われ、おおめに見れた事も、いつまでも通用しない・・・・ それが、のちに 「不登校」 にまで及んで行ったのだと思います。家庭で縦社会を叩き込む事、親を怖い存在、従うべき存在と教え込む事がいかに大事であったか、娘の問題に直面し長田先生に教えられ、痛い程思い知らされています。

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自己中

    「ジコチュー、ジコチュー」 我がままの代名詞の様に子供の中でも良く使われる言葉です。当然娘も典型的な 「自己中」 であったわけですが、ちょっと辞書でこの意味を調べてみました 『1,子供の自分と自分以外とが区別出来ない性質。 2,自己主義である事 』 と有る。ちょっとビックリです、自己中とは子供に限定されて使われる言葉だった様です。自己中心的な考えが強かった娘ですが、自分の利益が優先され、自分の欲望を先に満足させる傾向が強かった様に感じます。 「お先にどうぞ」 と、他人を優先させ、思いやる心がけが無い・・・・・そんな振る舞い、親は許せても、他人には受け入れられないのは、社会の常識です。そう言えば、小さい時からそんな場面は有り、しっかり教え込んで来ませんでした。 たとえば、公園のブランコ 「次ぎ変わってーー」 お友達が後ろで待っていても 「ゴメンネ、今乗ったばかりだからもうちょっと待ってあげて」 子供に考える空きを与えず、親の私が入り込んでいました。これはほんの少しのたとえで、こんな調子で全てに、口出し、手出しをしていった挙げ句の 「自己中」 ではなかったか・・・・ 「自分様より他人様」 長田先生に叩き込まれる今、親も子も他人様に可愛がられる人間になる為、修行の日々を送っています。

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