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休日はゲーム

     中学生になり、それまでの親との外出も嫌がる様になり、休日はお友達を家に呼んで遊ぶ事が多くなりました。勿論、一人より友達と過ごす方が楽しいからではあるのですが、理由はそればかりでは有りません。それは、一緒にテレビゲームをする為です、なぜかと言うと、一人でするゲームは禁止していたからです。一人ゲームを許してしまったら、不登校し、もてあました時間をゲームに費やし、没頭する事がとにかく怖く、それだけは絶対譲れなかったのです。その為、休みともなると、時には泊まって一日中ゲーム三昧と言う時が有りました。男の子の様に激しい殺し合い、と言った過激な物はなかった様ですが、健康的な遊びとはかけ離れたものでした。しかし、これも学校に普通に通い、当たり前な事を人並みにやっていたならば、たまの休日ゲームもしょうがないか、と、おおめに見てあげられるのでしょう・・・・気分で登校 「気まぐれ登校」 をしながら、なおかつ休日は平気で友達とゲーム・・・・やはりどう考えても、常識では通用しない、道理から外れた事だったと思います。何とか、そういう事でも友達と、学校と繋がっていたい・・・・ただそれだけの為だったのです。長田先生に御指導して頂き、こういう間違った対応こそ改めるべきと強く思いました。当然の事として、娘が名古屋に行った後、ゲームは全て処分しました。そんな生半可な気持ちで子供を手放す事など出来ません、もう絶対戻れない真剣勝負なのです。

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旅行も子供中心

    普段、仕事で忙しく子供との関わりが持てない主人は、たまの休みも身体を休め、自分の為に使いたいのを我慢し、私達家族、特に子供の為にサービスし、あちこち連れて行ってくれました。連休が取れると、近場の温泉に泊まりがけで旅行、その時も遊園地に動物園、必ず子供中心で動いていました。高学年ぐらいになると、休みはお友達と出かけたり、遊びたがる様になり、家族との旅行も、数こそ減りましたが、夏休みとかまとまった休日はこれまた必ず、デイズニーランドの様な子供が行きたがる、子供中心の旅行へ行ってました。それは不登校が始まった5年生からも変わらず続け 「学校を特別な理由も無く休む」 そんな不道理な事を平気でする子供に、褒美の様な贅沢な旅行を、何の疑問もためらいも無くさせてしまっていたのです。旅行が良い気分転換になり、登校の意欲へつながれば・・・・・旅行で家族団結、絆を深め、問題解決の糸口が見つかれば・・・・・正直、そんなわずかな望みを抱きつつ・・・しかし、そんな事有るはずも無く、益々生意気で、常識からかけ離れる子供になって行き、全てが空回り、悪い結果になっていました。根本的な部分、甘い親の対応を変える、私達親が変わらなければ、何も変わらない・・・・長田先生に導いて頂くまで全く気づきませんでした。

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娘からの手紙 3

   先日、「長田寮」 でお世話になっている娘から、月に一度の近況を綴った手紙が届きました、今月も紹介させて頂きます。退寮された仲間の事などが書かれおり、元気な様子に安堵してます。以前は心を表すかの様に、米粒みたいな小さい丸文字を書いていましたが、最近は大きく力強い字を書く様になりました。これも前向きな訓練のお陰と、有り難く思い読みました。

                『家族への手紙』

お久しぶりです、元気ですか。名古屋はよく雨が降って寒いです。もう今では、私と同年代の子は中学3年生ですね。入学した記憶がまだ新しいので、3年生という事に実感がわきません。勉強はちゃんと3年生をやっています。それから今は検定の勉強もしています。私は 「数検」 を受けるのでけっこう数学ざんまいです。でもわからない所は沢山なので頑張っています。それからこの前、Tさんと Yくんと Kさんと Hさんが退寮しました。みんなこれから学校に通います。Kさんと Hさんは夢に向かっての学校なのですごいなぁと思いました、見習いたいです。Yくんが退寮する時、Yくんのお母さんにホームページでうちのお母さんとよく話すので、私とは初めて会った気がしない、と言われました。ふと考えると私も約一年後は高校生です。夢に向けての通過点なので頑張って行きます。バンドも今は練習中です、発表の時は見に来て下さい。

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子育てのゴール目指し

   「子育てのゴール」 とは何か・・・・それぞれに微妙な違いはあっても、子を持つ親なら誰もが一番に願い、思うのは 「自立した人間」 になる事ではないでしょうか 「自立」 とは書いて字のごとく、自分で立つ??  それなら一歳の赤ちゃんの時から自立してますよね、そう言う意味では無く、もっと奥深い意味で有り 『親から独立してひとりだちする、または、自主的に働き、自分の力で独立する』 と言う意味だと思います。言葉は難しいけれど、自分自身も出来たし、誰もが普通にたどる当たり前な成長の過程だと、娘の問題が表面化するまで思っていました。しかし、これがいかに難しい事であったか、今、痛い程思い知らされ、このゴールめがけ、親も子も訓練の日々です。目先の満足、目先のちっぽけな幸せだけに目がくらみ、はるか先のゴールが全く頭に無く、眼中に有りませんでした。その為、自立とはかけ離れた、親に依存し、親無しでは生きていけない子供にしていました。長田先生が常々言っておられる事ですが 『幸せは子供自身で掴み、見つけるもので、、親は見つけてあげる事は出来ない』 まさしくその通りだと思います。付け加えるならば・・・・『自分で幸せを掴む為に、突き放す !!』 我が家はまさしく、今がその時です。

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「授業参観」に参加して

  先週の水曜日、4月12日に、娘が現在お世話になっている名古屋で「授業参観」が有り、参加して来ましたので、その時の様子を紹介致します。「塾」の日もそうですが、朝に間に合う飛行機が無く、前日から「夜行バス」での出発になります。昼間は普通に仕事をこなし、一旦帰宅し出発の準備を整えて19時30分発のバスに乗り込み、名古屋到着は翌朝7時30分、何と12時間バスに揺られて行くわけです。皆はそこまでしてと要らぬ心配をしてくれるのですが、私はこの夜行バスが大好きで全く苦にはなりません。座席は三列のリクライニングで思いのほかゆったり、コーヒー、ジュースは飲み放題で勿論トイレもバッチリ、平日は人も少なく殆ど貸し切り状態なので気兼ねする事も無く、本を読みながら、しっかり熟睡して目が覚めると、もうそこは娘が居る名古屋の街です。前日から降り続いた雨がすっかり止み、時より晴れ間が覗く良い天気に恵まれました。天白川沿いの桜が満開で得した気持ちでいざ体育館へ、「長田寮生」 と 「春日井生」のスポーツ対戦、種目はサッカー、バスケにドッチボール三種目で争われました。一つも無駄の無いテキパキ機敏な動きと、元気なかけ声、この集団がかつて親を悩ませ、部屋に閉じこもっていた「引きこもり」かと目を疑いたくなる様なハツラツとした動きでした。娘と言えば、引きこもっていたわけでは無いのですが、部屋で過ごすのが大好きで、どちらかと言えばオタク系、「青空の下でスポーツ?? ヘッ !!」と言う感じの子で、スポーツは大の苦手でした。それが、男の子相手に果敢にぶつかり何でも力一杯頑張っていました。終了後の後片づけも、誰に指示される事も無く機敏な動きで走り回っていました。家では見た事の無かった娘の姿に感激すると共にここまでにして頂いた先生達始め仲間の皆様にただただ感謝するのみです。結果は春日井生に大差を付けられ敗れてしまいましたが、素晴らしい戦いだったと思います。娘に負けない様、置いていかれない様更に頑張らねば・・・・心に固く誓った有り難い、幸せな一日でした。

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クラス変え

   桜前線の北上と共に、長く楽しませてくれた桜も、ここ数日で散り始め、ちらほら葉桜も目にする様になりました。いよいよ新学期が始まりました、新しいクラスに、新しい先生・・・・悲喜こもごも日本中に色々なドラマが展開されている事と思います。私達の地区では小学校は二年に一度のクラス変えで、三年生と五年生にクラスが変わります。三年生の時は仲良しのお友達も沢山一緒で、その後の学校生活も特に何の問題もありませんでした。しかし、五年生のクラス変えは、子供にとって、いや私達家族にとって 「人生最大の岐路」 と行っても過言では無い程の出来事になってしまいました。二クラスしかないのに仲良しのお友達五人全てが娘と別のクラスになってしまい、娘は一人になってしまったのです。休み時間や昼休み別のお友達のクラスに遊びに行ってた様ですがそのうち段々娘から笑顔が少なくなり 「学校に行っても楽しくない、学校に行きたくない・・・・」と、登校を渋り出してきたのです、憎き 「不登校」 の始まりです。最初の頃は、クラス編成に対する学校側の配慮の無さ、対応の悪さを恨んだり、お友達に救いを求めたり、全て回りに責任転換し、人のせいにしていました。大変な努力と苦しみの中で、何とか 「全休」 は免れたものの一年間 「五月雨登校」 「気まぐれ登校」 を許す結果となり、改善とは程遠いものになっていきました。まず親が変わらなければ、何も解決できない、長田先生に教えを頂き、今はその為に努力の日々です、言い換えれば、私達親が変わる事が出来れば解決できるのです。人のせいにしている内は全く見えなかった 「希望の光」 が今は見えてきました。これからも、まずは自分の足元を見て歩いていこうと思います。

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物でつる

   なかなか私達の言う事を聞いてくれない、どうしても言葉で娘を正す事が出来ない時など、親としてあってはならない甘い対応 「物でつる」 事もしばしばやっていました。成功に対する報酬のつもりが、結果的に出来なくても 「頑張ったんだから、努力したんだから」 と、ゲームを買ってあげたり、はたまた時には豪華なディズニーランド旅行に連れて行ったりしていました。またマンガとなれば些細な褒美にすぐ買ってあげていました。旅行となれば少し前から予約等準備がいるし、当然キャンセルなどしないはず、だから約束少し位守らなくても、頑張ってやり遂げなくても、連れて行ってくれるはず・・・・・子供には見過ごされていたはずです。私達の中には、物でつった時点で、結果は当然出してくれるはず、と言う期待は有り、裏切られ情けない気持ちになりながら、また同じ対応を繰り返す、取り返しの付かない、悪循環へと空回りしていきました。目先の一時的な結果を期待し、本当の躾が全く出来ていませんでした。長田百合子先生がいつも仰います 「目先の事、今だけを見て子育てをするのでは無く、何年、何十年先を見据えて子育てをする」と・・・・まさしく、目先の今だけ、足元しか見ていなかった事を今は多いに反省しています。

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マンガ

  娘はバカが付く程の 「マンガ好き」 でした、読み出した時期ははっきりしませんが、低学年の頃から始まっていた様に記憶しています。最初は少女向け月刊誌マンガ 「ちゃお」から始まり、年齢が上がるにつれ少年マンガにも興味が移り、高学年頃からは 「ジャンプ」がお気に入りでした。「ジャンプ」と言えば、男の子、いやおやじ達が見るマンガだと、思っていたので、娘が見ている側からグチグチ嫌味を言ったりしてました。読書好き、本好きにしたい、その為にはマンガからも有りかな?? お友達や姉達からも聞かされていたので、少しばかりおおめに見ていたのは確かです。しかしここまでハマリ込むとは、誤算でした。学校を休み、有り余った時間を潰すのに、マンガは格好の相手だった様です。ベットにコタツに寝そべり一日中マンガを読みふけっていました、他の皆んなは学校で賢くなって行くのに、我が子は・・・・・その哀れな姿を見るにつけ、焦りと不安が募って行きました。

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