親が行動で示す

   「親は子供の鏡」 「育てたように子供は育つ」 「子供は親の言うようにはしないが、するようにはする」・・・・などなど子供は親の姿、生き様そのものである、と言う様な言葉は数々存在し、全くその通りだなぁと思う今日この頃です。「不登校、引きこもり」 がさも、学校や教師、お友達や社会が原因であるかのごとく、追求する人がいますが、まず自分自身、家庭環境を振り返る事が大事だと思います。家庭環境とは親の生き方そのもの、と言っても過言ではありません。子供を変えようと思ったら、まずその前に自分の生き方を点検、見直して、変わる努力をする事が大事です。長田先生がいつも仰っている言葉です 「親が変われば子供も変わる」 何事も諦めず一生懸命最後までやり遂げる子供になって欲しい・・・・ その為には、毎日真面目に一生懸命に生きている姿を親自ら見せる事だと思います。

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悩み

    悩みを持つ生き物は人間だけだろう、それは知能が高いゆえの事なのかも知れない・・・・そして、誰もが大なり小なり、常に悩みを抱えているし、一つの悩みが解決してもすぐに次の悩みが頭をもたげ出す。 当然、私の悩みはここ数年子供の事に尽きる 「子供の事が解決したら、他に何も望みません、どうか助けて下さい・・・・」 何度神様に手を合わせて来た事か、今現在、どうにか学校にも戻して頂き、平凡なりにも何とか人並みの生活をさせて頂いているが、ちょっとのすきに昔の悪い癖がみられる子供を見るにつけ、やはり案じてしまう自分がいるのも事実で、進学の事も含め悩みの一番は、やはりまだまだ子供の事である。しかし、それも昔とは比べ物にならない。

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新しい年を迎え

    娘と共に、家族皆んなで新しい年を迎える事が出来ました。 不登校まっただ中で気持ちは暗く、最悪の精神状態でも作り笑顔で親戚が集まる宴の中に居ました。心配を掛けまいと、詳しい状況は兄弟にしか言ってなかったので、問題山積みな子供を連れ、気もそぞろで、嬉しくもめでたくもない正月でした、特に入寮を数日後に控えた2年前の正月の事は一生忘れる事が出来ません。お年玉欲しさに喜んで居る娘が不憫でしかたなかったのです、失敗だらけの育て方をしたばっかりに・・・、と後悔し自分を責めていました。あんな正月はもう絶対味わいたく有りません。正月は、昨年一年間頑張った人への褒美の日で有り、また、これから迎える年も前向きに頑張る為の決意の日であり、その為の祝いの日で有る様な気がします。家族はバラバラで良い、それぞれに自分の事で忙しく走り回りながらも幸せで笑顔の耐えない年にしたいと思います。

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今年も終わり

   今年も今日で終わります、娘が今年の8月末に退寮し手元に来たことで、娘の精神的、肉体的な成長に付いて行けない自分が居た様な気がします。管理し保護し過ぎた結果で子供を潰し、不登校にした事は重々理解し、意識しながら日々行動しているつもりでも、癖は抜け切れておらず、無意識のうちに目が行き、口が多すぎたりする事が今だに有り後悔し反省する事が多々有ります。一定の約束事が守られていたならば、その先は本人に任せ、自分の考えで動く事、自己責任の元で行動させる事・・・・。同じ過ちは二度と繰り返さない・・・常に苦しかった日々を忘れず、一日一日を大切に、二度と後悔の無い様に過ごしていかねばと新しい年を迎えるにあたり、改めて思っています。

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苦しい時期

   娘が 「不登校」 に突入したのは小学校5年生でした。完全な不登校では無く、属に言う 「五月雨登校」 その日の気分で行ったり行かなかったりするのですから、家族中、家の全てが子供の登校如何にかかっていた、と言っても過言では有りません。お父さん中心で有るべき家庭は、腫れ物に触る様な扱いで全て子供中心になりました。夜、機嫌が良く時間割をすると 「あーー明日は行ってくれるかな」 と安心したり、ふさぎ込み元気がなかったら不安になったり、子供の状態に一喜一憂され振り回されていました、主人は早く出勤したくても、子供の登校を確認してから・・・・と言ったぐあいでした。そんな苦しい毎日が続く中、不登校仲間の方々からは、完全不登校になったら楽になるから、と甘い誘惑が何度となく有りました 「明日から行かなくても良いよ」 と子供に宣言しろ、と言うのです、そうすると子供も家庭も明るくなる・・・・と。そりゃ子供は明るくなるでしょう、面倒な学校に行かなくて良くなるしガミガミがなくなるのですから、そりゃ親も一時は楽になるでしょうガミガミ言わずに済むのですから・・・・しかし、今以上の苦しみが後から押し寄せて来る・・・誰でも解るはずです。許せない姿勢、諦めない姿勢を持ち続け戦う事です、必ず道は開かれるはずです。

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自立の為に

   専業主婦でのんきに過ごしていた事も子供を過干渉、過管理にした一つの原因だったかも知れない。暇な専業主婦だけが 「不登校、引きこもり」 にしてしまう訳では無いので、いちがいには言えない事だが、少なくとも私の場合子供に目が行きすぎていた。家族の為、子供の為と、甲斐甲斐しく世話をやくのが良い主婦で有り、良い母親だと思っていました。朝学校に行く時はハンカチ、ちり紙、名札を用意するとか、天気予報は必ずチェックして傘を準備するとか、「忘れ物は無い?」 と声を掛けたり・・・・そんな母親がいつも暇を持て余し家に居る状態が子供に良いはずは無く、恐ろしい程自分の身の回りの事が出来ず、言葉を変えると一人では生きて行けない子供、生きる知恵の無い子供にしてしまいました、そして最悪な結果 「不登校」 に突入です。可愛いからこそ、「ほっとく、見守る」 これに徹するべきでした。

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親の責任

   子供が 「不登校」 をしても間違いを心底正す事が出来ずにいました。朝、学校を休みたいと言い頑として起きようとしない子供に対し、学校を休む事はいけない事で道理に反する事だと毅然とした態度を示す事をしないまま、休むなら・・・あれをしなさい、これをしなさい・・・例えば、まずは起きて着替え朝食を摂りなさい、最低限の勉強はしなさい、家の手伝いも少しはしなさい・・・・大手を振って休めるので子供は素直に従っていましたが、結果 「不登校」 と言う問題の視点が完全にずれていきました。「いけない事はいけない、許せない事は許せない・・・」親の権限を振りかざしてでも、間違いを正す、子供を駄目にするのも親自身で有るが、また、良くしていくのも親自身で有り、それが親の責任だと思う。

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失敗は成功の元

    人間失敗はつきもので 「失敗は成功の元」 と言う言葉が有るように、失敗した時こそ次ぎに繋がるエネルギーになるのだと思います。子供を不登校にしてしまった私は、失敗させまいと手を出し、口を出し、挙げ句生きる知恵をうばっていました。退寮してからあれだけ同じ過ちは犯すまいと心に誓っておきながら、失敗に余計な口を挟んだばっかりにとんだ事に発展して行きました。こう言う些細な過ち、とんだ勘違いがボタンの掛け違いに発展して行くのだと、改めて心が凍り付く思いがしました。肩の力を抜きつつ腹に力を込め、気合いを入れて一日一日を大切に過ごさねばと改めておもいました。

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あの時鬼になれたから・・・・

    「鬼になれ、谷底に突き落とせ」 賢い子育ての例えとして言われる言葉で、恩師の長田百合子先生も、ライオンなどの動物の子育てに例え同じ様な教えを常日頃仰っています。 遠く名古屋の寮に入れ、家から娘を追い出した時、まさしく鬼になり谷底に突き落としました。この時の気持ちは、同じ経験をされた方でなければ絶対に解らない気持ちだと思います。 「家も子供を遠くの大学に出しているのだから気持ちは解るよ・・・・」 と言って下さる方がいます。とんでも無い事で、何の問題も無い普通の子供と訳が違います。学校さえも行けず、人様と社会と協調して生きていくすべを失いかけていた子供を縁もゆかりも無い遠い所で預かって頂き、育て直して頂く訳ですから、鬼にならなければ絶対出来ない事でした。しかし、あの時谷底へ突き落としていたからこそ、有り難い今が有ります。あのまま、なすすべを無くし潰れて行く子供をどうする事も出来ず、囲うだけであったならば・・・・想像するだけで怖くなります。だからこそ、一日一日を大切に人様に感謝の毎日です。

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自己責任

   口を出し、手をかけて育てる事は子供の大事に思う親ならば当然で有り、何ら責められる事では無いと、長田先生にお会いするまで思っていました。子供を 「不登校」 にし人並みに学校に行けず潰れてしまった大きな原因、根本は、口、手を出し過ぎ、過管理、過干渉、過保護であった事を思い知らされました。親に過剰に管理され育った子供は何でも無い普通の事がとてつもなく 「苦しい事、辛い事」 になりいきづらくなる様です。外の社会は苦しい事の連続です、自分で考え、自分で納得し行動させる・・・自己責任の元で行動させる事が 「生きる力」 になるのです。

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